少しだけ、素直に

24.ったく、女の子するってのも大変だぜ


 山にはまばらに霞が掛かり、四月の朝は春とはいえ少しひんやりしている。

 まだ半ば夢の中に居る翔太が布団の中で揺蕩っていると、下の方から大きな声が聞こえてきた。この心地よいまどろみにもう少し浸っていたい翔太は、眉を寄せつつ音源に背を向ける形でごろりと寝返りを打つ。

 もうひと眠り貪ろうと意識を夢の世界へと堕とそうとしたところで、ドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえたと思ったら、いきなり冷たい外気に晒され無理矢理意識を覚醒させられた。


「やばっ、しょーちゃん起きて!」

「寒っ⁉」


 目の前には布団を剥ぎ取る、寝癖でボサボサ頭の幼馴染美桜

 翔太は恨みがましいジト目を向けるも、続く美桜の焦った声で驚愕の色へと変える。


「寝坊しちゃった! 早く準備しないと! しょーちゃんも早く!」

「えっ⁉」


 慌ててスマホを手繰り寄せ確認すれば、いつもより15分ほど遅い時間。遅刻確定というわけではないが、余裕はあまりなさそうだ。

 美桜は「朝は簡単なものでいいよね⁉」と言いながら、勢いよく階段を駆け下りて行く。

 翔太もこうしちゃいられないと着替えようとして、シャツに手を掛けたところでドアからこちらを覗く英梨花に気付く。英梨花は既に制服に着替えていた。ジッと翔太と、そして降りて行った美桜がいる階段の先を交互に見やり、思案顔。

 何をしているのかわからないが、英梨花の目があるとさすがに脱ぐのも躊躇われる。


「あーその、英梨花?」

「っ!」


 翔太が声を掛けると英梨花はビクリと肩を震わせ、2、3回目をぱちくりさせた後、「先、行く」と言って階段を下りて行く。


「……何だ?」


 翔太は首を捻り、不思議そうに独り言ちた。



 その後、美桜の髪のセットに手間取るというひと悶着があり、駅まで駆け足という羽目になったものの、無事にいつもより1本遅い電車に飛び乗れた。もう遅刻の心配はないだろう。

 美桜は電車の窓に映る自分を見ながら、前髪を掴んでニヒルに笑って呟く。


「ったく、女の子するってのも大変だぜ」


 翔太はそんないつも通りな幼馴染に呆れた風に言葉を返す。


「英梨花様々だな。手伝ってもらわなきゃ遅刻確定だったわ」

「いやー、あの手際の良さは魔法だね、真似できる自信ないや! あ、しょーちゃんが代わりに覚えてよ、あたしの髪型係!」

「普通にヤだよ」

「えー、そう言わずにさ。それにほら、髪を自在にセットできるようになったら女の子と話す切っ掛けにも出来るし、モテるよ! 多分!」

「はいはい、いい妄想ですね、っと。ていうか、女子が髪触らせるのって相当仲が良くないとしないんじゃねーの?」

「んー、どうなのかな?」

「俺に聞くなよ」

「じゃ、えりちゃ……って、遠っ⁉」

「……ぁ」


 どうしたわけか、英梨花は数歩離れたところにいた。一緒に居る、というには少しばかり距離が遠い。

 美桜が話を振れば、英梨花は眉を寄せて曖昧に首肯する。

 その反応を見て美桜は、怪訝な表情で耳元に口を寄せて呟く。


「ね、ここのところえりちゃんと妙に距離を感じるんだけど……」

「あぁ……」


 それは最近思っていることでもあった。

 今朝の朝食で目玉焼きにケチャップや醤油がどうこうと騒いでいる時も、英梨花は話を振っても上の空。何かを考えている様ではあったのだが。


「……もしかしてしょーちゃん、えりちゃんのおっぱい揉んだりお尻触ったりした?」

「っ⁉ だ、誰がするか!」

「え~、見るのはこないだやらかしてるしさ。それ以上ってなると、ね。あ、ちなみに肌はどこもすべすべで腰とかありえないくらい細かった!」

「って、美桜も色々やらかしてんじゃねーか!」

「ふひひ。まぁいいからえりちゃんこっちおいでよー、寂しいよー」

「ぁ……ん」


 まじまじとこちらを見ていた英梨花もそう誘われれば、少し遠慮気味にやってくる。

 翔太と美桜は、その様子に不思議そうな顔を見合わせ、苦笑を零した。



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