23.なんでもない



 初日、肝心要の入学式も終わったということもあり、担任教師からの言葉はちょっとした祝辞と挨拶のみだった。後は生徒たちの自主性に任せてすぐに去っていく。

 すると教室は先ほどの仕切り直しとばかりにあっという間に騒めき出し、そこかしこでこれからどうしようかと話し合う。

 翔太もまずは英梨花に声を掛けようとするも、またしてもそれより早く遮られるかのように和真から弾んだを掛けられた。


「翔太、帰りに皆でどっか寄ってこうって話なんだけど、どうだ?」

「あぁ、俺は別にいいけど」

「よし、決まり! で、妹ちゃんもどう? 行くよね?」

「――ぁ」


 和真はそのままの勢いと軽い口調で英梨花の方へと行き、話しかける。

 皆の注目も集まる。しかし英梨花は相変わらずの無表情のまま、一瞬ちらりと翔太と美桜へと目をやり、わずかに眉を寄せ淡々とすげなく答えた。


「他に用事」

「そ、そっか」

「あ、ちょっ」


 一瞬、ピシリと周囲の空気が固まる。しかし英梨花はそのまま翔太の制止の声を聞くこともなく、教室を去っていく。

 他の皆もその様子をぽかんとした顔で見送っていた。

 あまりいいとは言い難い空気の中、翔太はあちゃあと顔を片手で覆う。

 美桜と目が合えば、「あ、あはは……」と乾いた笑いを零していた。



 その後、翔太と美桜は新しいクラスメイトたち10人ほどと連れ立って高校最寄り駅前にあるハンバーガーチェーン店でお昼ご飯がてら親交を深めてきた。

 主な話題は、美桜の変貌でも翔太の髪やそこから派生しての英梨花のこととかではなく、これからの高校生活への期待について。

 確かに翔太や英梨花の髪は珍しい。小学校の頃は色々あった。

 しかし高校生ともなれば、それほど異端として弾かれることもないのだろう。

 身構えていたこともあり、少しばかり肩透かしだったと言える。

 その後、二次会と称してどこかへ遊びに行く話が持ち上がったが、翔太は先に帰った英梨花のことが気に掛かり、辞退することに。

 美桜も家事をしなきゃと言って断りを入れ、一緒に帰ることにした。

 見慣れた駅から家までの道中、美桜は少し困った声色で呟く。


「えりちゃんも来ればよかったのにね」

「……あぁ、そうだな」

「そういやしょーちゃん、えりちゃんの用事って?」

「いや、何も。美桜は何かそれっぽいこと聞いてないか?」

「こっちもなーんにも。案外、断る口実だったのかもね」

「英梨花のやつ、人見知りだからなぁ」

「それに昔から引っ込み思案だし、それに言葉足らず場ところもあるからねー」

「それで妙に誤解される事態にならなきゃいいけど」


 翔太と美桜はそう言って苦笑を交わす。

 だが英梨花があの調子だと、遅かれ早かれ要らぬ不和を招き、何かよくないことが起こってしまうかもしれない。

 美桜もそのことを危惧してこの話題を振ったのだろう。

 やがて家が見えてきた。答えが見えないまま扉の手を掛け、固まる。


「……あれ?」

「どうしたの、しょーちゃん?」

「いや、鍵が掛かっててさ」

「えりちゃん、帰ってないの?」

「そうみたい」


 玄関には鍵が掛かっていた。

 現在時刻は3時ちょっと前。どこかでお昼を食べてちょっとした野暮用を片付けるにしても、とっくに帰宅していてもおかしくない頃合いだろう。

 翔太と美桜は顔を見合わせ、小首を傾げる。

 そのうち帰ってくるだろうと待っているもやがて夕方になり、陽が落ち、暗くなっても帰ってこない。メッセージを送っても無反応。

 やがてゆっくりと夕食を作っていた美桜が、ぽつりと呟いた。


「さすがに心配だね」

「あぁ」


 その時、「ただいま」と英梨花が帰宅を告げた。

 リビングに居た翔太と美桜は反射的に玄関へと向かう。


「おかえり。その、遅かったな」

「どうしたの? 用事って何だった?」

「ごめん、それと…………なんでもない」

「……」「……」


 2人がそう訊ねるも、英梨花はそれ以上言うつもりはないとばかりに固い笑みを浮かべれば、翔太と美桜はそれ以上踏み込めないと困った笑みを浮かべるのだった。

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