22.聞いてないぞ
皆の緊張、そして期待で満ちた体育館。
そんな厳かな空気の中で始まった入学式は、涼やかで透き通るような声で挨拶を述べる新入生代表と共に、にわかに騒めきが混じりだしていた。
『暖かな風に誘われて蕾を綻ばす桜のように――』
壇上で華やかな赤い髪をなびかせ、玲瓏と歌い咲くは英梨花。
誰もが英梨花の稀有な美貌に興味を誘われている。
(……新入生代表とか聞いてないぞ)
翔太はそんな周囲の反応に、思わず痛むこめかみを押さえる。
ちらりと目をやれば、視線に気付いた美桜も苦笑い。
入学早々、学校の噂の的になるだろう。「「はぁ」」と2つのため息が重なる。
はたしてそれは、翔太の予想通りだった。
入学式を終え移動した教室では、多くの興味津々な視線が英梨花に向けられている。
それでも誰も声を掛けないのは、割り当てられた席でツンと澄ました冷ややかな表情で佇み、明らかに話しかけるなというオーラを発しているからだろう。
正確には、軽いノリの男子生徒が「その髪珍しいね」と話しかけたのだが、英梨花が凍てつくような冷たい視線でそれ以上喋るなと言わんばかりの圧を掛け、それ以降誰も話しかけ辛い空気になってしまっていた。
一方そんな英梨花とは対照的に、美桜は多くの人に囲まれていた。
「え、マジで美桜っち⁉」
「どこに美容院行ったの⁉」
「五條まるで別人じゃん、っていうか詐欺だよこれ!」
「えっと五條さん、だっけ? 中学の頃ってどんなだったの?」
「これこれ、全然違うでしょ?」
「ゎ……これは、すごいね……」
「あっはっは、あたしを見て驚き慄け。これが完璧で正しい高校デビューってやつだぜぃ!」
美桜は同じ中学からの友人、またはその騒ぎにつられてやってきた人たちと盛り上がっていた。その調子の良さを見て、なんともいえないため息が漏れる。
この高校はこのあたりでも有名な進学校とはいえ、同じ中学から入ってくる人も多い。ザっと見た感じ、2割くらいだろうか。
その事情は残るクラスの人たちも同じようで、美桜のように同じ中学同士でグループを作っているのが見受けられる。
既にどこにでもよくあるような、教室風景が形成されているといえるだろう。
そんな中、英梨花がぽつねんと1人でいる姿に眉間に皺を刻む。どこか寂しそうにも見えた。あぁ、そうだ。遠方からやってきた英梨花に、翔太と美桜以外に知り合いなんているはずがないではないか。
無為に騒がれるのも嫌だが、孤立も良くないだろう。
そう思い翔太が腰を浮かしかけたところで、横からトンッと肩を叩かれた。
「よ、翔太。高校でも同じクラスになったな」
「和真。あぁ、よろしく」
そう言ってニカッと白い歯を見せるのは長龍和真。洒落っ気をだしたのか、やけに頭をワックスでてかてかとさせている。翔太とは中学からの友人だ。
和真は困惑と半信半疑が入り混じった顔でぽりぽりと頬を掻きながら、美桜の方を見ながら何とも言えない声色を零す。
「しっかし五條のやつ、すげぇな。アレ、本当に五條か? 生き別れの双子の姉とかじゃねぇの?」
「いや、確かに本人だよ。ほら、見てみろよ」
「あー……」
翔太が促した先にいるのは、椅子の上で片足胡坐をかきながら頬を両手でひっぱり「ははひはほ~」と変顔を作っている美桜。
その残念な、しかし今までと同じく女子力とか慎み深さとは無縁な様子に、和真も頬を引き攣らせ顔を見合わせ苦笑い。
「アレは紛うことなく五條だな」
「中身は早々変わんねぇよ」
「ははっ、だな。けど……」
「うん?」
そこで和真は歯切れ悪く言葉を区切り、口元に手を当てながら思案顔。
翔太が訝し気な顔を向けると、和真はぽりぽりと頬を人差し指で掻きながら、少しでへりとだらしない笑みを浮かべて口を開く。
「いやでも、アリだな」
「何が?」
「五條が」
「は?」
「いやいや考えてみてくれよ。これまで中身同様、外面もアレだったけど、ぶっちゃけ今ってめっちゃ可愛いじゃん。前と変わらず気さくで話しやすいしさ」
「…………」
「あ、もしかして翔太も狙ってる?」
「っ、んなわけねーよ!」
思わず反射的に否定する。少々顔が赤くなってる自覚はあった。
そのせいか和真はやけにニタニタしており、当てつけに脇腹を小突く。和真はそれで降参とばかりに軽く両手を上げ、そして今度は神妙な表情で顔を寄せてきた。
「ところでさ、翔太はどう思う? ほら、新入生代表の」
「あぁ」
その視線が向かう先は英梨花。
やはり和真も気になっているのだろう、鼻息荒く興奮気味に矢継ぎ早に言う。
「めっちゃ綺麗だよな、同じ中学のやつとか羨ましいぜ。もしかしてモデル? 芸能人? あんな子と同じクラスでラッキーだよな! あー、彼氏とかいるのかな? いるんだろうなぁ」
和真の気持ちも分からないでもないが、それでも英梨花を異性として見る友人の言葉に、ムッと気色ばむ翔太。つい無意識のうちに言葉を返す。
「彼氏なんていねーよ」
「えー? 何でそんなことわかるんだ?」
「妹だから」
「…………は?」
「だから妹。俺の。ほら、髪の色とか似てるだろ?」
翔太は憮然とした口調で言い切ってから、しまったとばかりに顔を引き攣らせた。
しかし一瞬の逡巡の後、まぁ別に隠すことではないかと開き直ることにする。
和真はといえば呆気に取られて目を瞬かせることしばし、やがて翔太の言葉の意味を咀嚼すると共に、大声を上げた。
「えええぇえぇえぇ~~~~っ⁉ 翔太、お前妹いたっけ⁉ っていうかあんな美人な妹がいるならもっと早く紹介してくれたらよかったのに!」
「そんな鼻息荒いやつに引き合わせたい兄がいたら見てみたいよ。……ったく、家の都合で最近まで離れて暮らしてたんだよ、それで」
「そうそう、えりちゃん小さい頃はこっちにいたし、あたしもよく遊んだんだよね~」
「五條!」「美桜」
そこへ美桜がにへらと笑って会話に入ってきた。美桜がひらりと英梨花に向かって手を振れば、英梨花もわずかにこくりと頷く。
するとそれまで美桜と一緒にいた面々や興味を持ったクラスメイトたちが、話しかけにくい英梨花変わって一斉にこちらの方に群がり、怒涛の如く質問を浴びせかける。
「妹、ってことはあの子と同じ屋根の下⁉」
「ね、ね、家ではどんな感じなの?」
「そういや苗字は同じ葛城だっけ⁉」
「葛城、今度お前ん家遊びに行っていい⁉」
「っていうか妹なのに同じ学年って珍しいよね。あ、もしかして双子?」
「わ、双子って初めてみたかも!」
「……年子だよ。俺が4月の末の生まれで英梨花が3月生まれ。かなり珍しいと思うが」
「あはは、そう考えるとしょーちゃんのおじさんとおばさんってラブラブだよねー」
「っ!」
ふいに横から入れられる美桜の言葉に、ギクリと息を呑む。
妹だと喧伝するのはいいとして。
しかし義理だと知られるわけにはいかないだろう。ただでさえ目立っているのだ。それが知られれば口さがない人たちに何を言われるかわかったものじゃない。
「っと、お前ら席に着けよー」
幸いにしてその時タイミングよく担任になる教師が現れるや否や、皆三々五々散っていきホッと息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます