高校デビューしようとする幼馴染が、家に転がり込んできた
8.……マジかよ
その日の夜は中々寝付けず、気が付けば朝だった。朝と言ってもかなり遅い時間だ。
翔太はベッドから身を起こし、「はぁ」と大きなため息を吐く。
――英梨花が本当の妹じゃない。
そのことが中々受け入れられない。
確認のため昨夜母に英梨花のことを尋ねれば、父の歳の離れた従姉弟の孫、つまり翔太にとってはとこの子だと告げられた。今まで知らなかったの? と言いたげな口調だったのを覚えている。
なるほど、親戚といってもかなり遠い。離縁していた理由も察せられるというもの。
「……ほとんど他人だろ」
翔太は独り言ち、まだ眠気と共にもやもやした頭で階段を降り、恐る恐るリビングの様子を窺う。
すると、横から声を掛けられた。
「おはよう、兄さん。どうかした?」
「っ! お、おはよ英梨花。あーその、これはえっと、習慣っぽいなにか?」
「? 変な兄さん」
意識の外から話しかけられドキリとした翔太は、あたふたと身振り手振りと共に妙な言い訳をしてしまう。
いきなりは心臓に悪いと思いつつ、くすくすと可笑しそうに笑う英梨花を見やる。
シンプルなデザインのカットソーとロングスカートを楚々と着こなし隙がなく、寝間着代わりの拠れたシャツと短パン姿の翔太とは大違い。
それが余計に、英梨花が妹でなく年の近い女の子が家にいるということを強く意識させられ、頬が熱を持ってくるのを自覚する。
何か声を掛けるところだろうか? こういう時、兄妹なら何て返すんだっけ? そんなことをぐるぐると考えていると、リビングから声を掛けられた。
「あら、翔太に英梨花。丁度良かった。私たち、もう家を出るからね」
「家を出るって、どこへ?」
「昨夜夕飯の時にも言ったじゃない。今回、父さんの仕事についていくことにしたの。長くなるみたいだからね」
「今度は北陸だ。北陸と言えばノドグロに白エビ、楽しみだなぁ!」
「あらあなた、カニも外せないわよ、カニも!」
「…………は?」
咄嗟に両親の言っていることの意味が理解できなかった。
昨日の今日でいきなりの話に翔太は唖然としながら、目の前でウキウキと北陸について話す両親を眺める。昨夜の夕食時を思い返すも、英梨花のことで精一杯で記憶がない。
元々出張や単身赴任の多い父だった。そこは別にいい。
母が父に着いて行く。
すると必然この家で英梨花と、歳の近い妹ではない女の子と二人きりになるわけで。
ドキリと胸が妙な風に跳ねる。とてもマズい気がした。変な気を起こさない自信がない。
「いやいやいや、母さん仕事は?」
「リモートよ、リモート」
「その、メシとかは……」
「大丈夫よー、そこに関しても手配済みだし」
「……」
遠回しに抗議してみるも、手をヒラヒラさせながらそんな返事が返ってくるのみ。
「それじゃ、行ってくるわね」
「カニ、期待しとけよー!」
そう言って父と母はうきうきした様子で、あっという間に家を出ていった。もしかしたら新婚旅行気分なのかもしれない。
翔太が呆気に取られていると、くいっと遠慮がちに袖を引かれた。
「朝ごはん、どうする?」
「え、あー……」
その言葉で我に返り、2人で食事をする光景を想像する。
英梨花は翔太の目から見ても魅力ある女の子だ。昨日、胸を高鳴らせていたのがその証左。まだ心の準備ができておらず、どんな顔をすればいいかわからない。
少々後ずさりつつ「うー」とか「あー」とか母音を口の中で転がすばかり。
「……?」
すると英梨花はそんな挙動不審な翔太を不思議に思ったのか、小首を傾げて顔を覗き込んでくる。その綺麗で端正な顔を近付けられれば、思わず胸がドキリと跳ねてしまい、顔もまともに見られない。
「お、俺はいいよ、その、走り込みに行ってくるからっ!」
「……ぁ」
そう言って翔太は赤くなった顔を見られないよう咄嗟に踵を返し、逃げるように玄関を飛び出した。
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