6.俺の妹に何をする!


 シュークリームを食べ終えた後、英梨花は他の店には目もくれず真っ直ぐに生活雑貨や薬局など目当ての店へと向かい、速やかに買い物を終えた。あっという間だった。

 英梨花は買い終えた荷物を眺め、満足そうに一言。


「終わった」


 後はもう用はないといった様子に、翔太は思わず問いかける。


「もう帰るのか?」

「ん?」

「いや、他にも服とか小物とか見て回りたいものないのか? ほら、家具とかも。ベッドのシーツもありあわせだし」

「……今はいい」

「そうか」


 郡山モールに来れば、いつも色んなものに興味が赴く美桜に振り回されるので、どこか拍子抜けする翔太。サッと周囲に視線を走らせれば雑貨屋と融合した一風変わった本屋、スポーツ用品店やゲームコーナーが目に入り、名残惜しいという気持ちが沸く。

 どうやら物足りなさを感じており、まだ英梨花との時間を終わらせたくないらしい。

 とはいうものの、英梨花は引っ越してきたばかりなのだ。今日はもう疲れてもいるだろう。それにこれからは家でも一緒なのだ。別に気を揉むこともなく、それにまた来ればいいだけ。

 そう自分に言い聞かせていると、とある店のあるものが目に入った。


(あれは……)


 ふとした思い付きだ。だが自分でもなかなかの思い付きだった。


「英梨花、ちょっとここで待っててくれ」

「兄さん?」

「そのちょっとトイレ、野暮用!」


 なんともあれな理由を告げ、小走りで目当ての店へと向かう。

 そこは以前、美桜が女子の間で人気だと教えてくれた雑貨と小物の店。

 さすがに女の子らしいキラキラとした空間に「うっ」と呻いて後ずさりそうになるが、ピシャリと両手で頬を叩き、気合を入れなおして足を踏み入れる。

 慣れないことをしている自覚はあった。

 ここにきてそれを取ろうとする手もふらふらと彷徨っている。

 しかし英梨花の笑顔を思い返すと共に、胸に込み上げてくるものに突き動かされる形で手に取り、その勢いのままレジに向かった。

 緊張から少しもたつきながら会計を済ませ、しかし浮き立った足取りで店を出る。

 少々手間取ったかもしれない。さてどう言い訳をしようかと考えるも、英梨花の姿が見えた瞬間、一気に頭が冷えていき、試合の時でもかくやな自分でも驚くほど低く鋭い声が出た。


「お前ら、英梨花に何をしているっ」

「っ! なんだよ、お前。別に何もしてねぇよ、なぁ?」

「あぁそういうこと。行こうぜ」


 翔太は咄嗟に英梨花と軽薄そうな男二人の間に入り、睨みつける。

 男たちは翔太に気圧されたのか、それとも聞き分けがよかったのか、「ほらみろやっぱり」「彼氏がいないはずないだろ」とぼやきながら去っていく。

 彼らの姿が見えなくなり、胸の中でまだ渦巻く熱を吐き出すように「ふぅ」と大きく息を吐き、申し訳ない顔で英梨花に向き直った。


「大丈夫か、英梨花? すまん、俺が目を離したばっかりに」

「ん、平気」

「そっか……それにしてもあんなこと本当にあるんだな、初めて見たよ」

「よくある」

「そう、なのか?」

「みーちゃんは?」

「美桜? ないない。色気とかと無縁だってのはさっき見ただろう? それに美桜なら、ああいう手合いには思いっきり嫌な顔してグーパンすると思うぞ」

「ふふっ、そうかも」


 翔太がおどけた風に言えば、英梨花はくすくすと笑う。

 その様子を見てホッとするのも束の間、先ほどのようなことがよくあるということを、あぁやはりと思うと共に、妹を守ってやらねばという気持ちが湧き起こる。

 すると英梨花はふいに、翔太が手に持っている紙袋に気付く。


「それが野暮用?」

「っ、あー、これは……」


 そういえば買ったはいいけれど、その後のことは考えてなかった。考える前に先ほどのことがあり、そんな余裕がなかったというべきか。

 ここにきて急に弱気と恥ずかしさが込み上げてくる。

 迷惑じゃないだろうか? 変だと思われないだろうか? おしつけがましくないだろうか? しかし、渡さないという選択肢はない。

 翔太は小さく頭を振ってそうした臆病を追い出し、紙袋から先ほど買ったものを押し付けるようにして英梨花に渡す。


「キーホルダー?」

「あぁ、さっき見つけて、似合うと思って。うちのカギとか、その……」


 それは可愛らしいデザインの猫のキーホルダー。

 直感的に茶虎レットタビーの毛並みや、猫の普段ツンとしているけれど甘えて寄ってきたりするところが、なんだか英梨花に似ていると思って買ったもの。

 受け取った英梨花はまじまじと見つめ、手のひらで転がす。

 しばし流れる無言の時間。

 既に愛用しているキーホルダーがあって、持て余しているのかもしれない――そう思った翔太は慌てて口を開く。


「あー、その、イヤとか迷惑だったら別にいいんだ。俺が使――」

「違うっ」


 翔太が遠慮がちに手を伸ばすと、英梨花はこれまでにない大声と共にぎゅっと胸元に抱き寄せ、イヤイヤとばかりに首を振る。そして、恥ずかしそうに頬を染め、囁く。


「に、兄さんとはずっと離れてたし、今日実はずっと緊張してて、今更ちゃんと兄妹に戻れるのだとか、不安があって……けど、これのおかげで、そういうの全部吹き飛んだ。兄さんは、兄さんのままだった。凄く嬉しい。これ、大切にするっ」

「お、おぅ、それならよかった」


 想いの丈が溢れたのか、英梨花は今までにない饒舌さで喜びを表し、再会してから一番の花が綻ぶような満面の笑みを咲かす。

 どうやら翔太の思い付きは間違ってなかったらしい。安堵すると共に、しかしドキリと大きく胸を跳ねさせる。それだけ魅力的な笑顔だった。


「帰ろう」

「うん」


 翔太は赤くなった頬を誤魔化すようにしてそっぽを向き、だが今度は自分から英梨花の手を取った。

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