5.私たち、ちゃんと兄妹に見える?



 翔太はドタバタガッシャン、未だ整理をしている両親に一声掛けて軍資金を貰い、家を出た。

 いつもは自転車のところ、英梨花がいるためバスに乗って向かった先は、郡山モール。二百を超える専門店に飲食店街、それからシネマコンプレックスを擁するこの地域屈指の複合商業施設。

 大抵のものならここで揃い、翔太も買い物や遊びでここをよく利用している。ある意味、こうしたほどほどの田舎(地方都市)にとっての生命線ともいえる場所。

 最寄りのバス停を降りると、同じように郡山モールへと向かう人たちで溢れていた。

 春休みということもあり、心なしか同年代の姿が多い。

 そして彼らの視線は一様に、英梨花の方に向けられている。

 翔太は「はぁ」、と大きなため息を1つ。予想できたことではあった。

 バスの車内でもちらちらと多くの視線を感じていたし、それだけ英梨花の容姿は目を惹くというのは兄として誇らしい気持ちがあるものの、やはりその心境は複雑だ。

 しかし当の英梨花本人はまるで気に掛けた様子はなく、表情はそのままに瞳を好奇の色で爛々と輝かせ、弾んだ声を零す。


「ここ、久しぶり。でも何か変わった?」

「あぁ、何度か改装してるしな。中も色々変わってるよ」

「楽しみ」


 そう言ってそわそわとしているところはクールで大人びた外見と違って、やはり年相応の妹だと感じられて頬が緩む。


「んっ」

「え?」


 するとその時、ふいに左手が少しひんやりしたものに包まれた。

 何事かと思って視線を落とせば、英梨花に手を繋がれている。

 突然の状況に頭の中が真っ白になってしまい、固まる翔太。

 どうして? いきなり何を? ぐるぐると思考が空回る。


「昔ここに来たら、はぐれないようにこうしてた」

「いやまぁ、そうだけど」

「私たち、ちゃんと兄妹に見える?」

「……ぁ」


 しかし英梨花がそんな風に照れ臭そうにも少し困った顔ではにかめば、翔太もハッと息を呑む。

 確かにこの歳になって手を繋ぐことが恥ずかしくないと言われれば嘘になる。今だって手に変な汗をかいていないか心配だ。

 だけどこれは、英梨花なりに空白の時を埋めてくれようとしているのだろう。

 翔太は笑みを浮かべ、努めて軽い感じで言う。


「見えてるだろ。ほら、似たような髪色だし」


 そう言って翔太は父や英梨花と比べ、少し暗くくすんだ前髪を掴んで睨む。

 特徴的な赤い髪をしている父は東欧と日本のハーフだ。その遺伝子を受け継ぐ翔太と英梨花はクォーターにあたり、それが髪に表れている。

 もっとも、翔太は日本人の血が濃く表れたようなのだがしかし、それでも日本では珍しい髪の色が2人を兄妹だと示していて。

 翔太が苦笑と共に「な?」と言えば、英梨花は「そぅ」と少し曖昧な笑みを返す。

 そしてどちらからともなく郡山モールへと足を向ける。

 すると中へと入った瞬間、洗礼のようにむせ返るような甘い匂いが2人を出迎えた。

 眼前には香りで集客することで有名なシュークリームのチェーン店。

 もちろん翔太も何度か美桜と共にその誘惑に負けてしまったことがある。現に同じように甘い匂いの魔力に屈した人たちが列を作っている。

 英梨花はこの香りにどう反応するかと見てみれば、ツンと済ました顔。

 一瞬甘いものには興味がないかと思うがしかし、くぅ、と英梨花のお腹の音が鳴った。

 こちらの微笑ましい視線に気付いた英梨花は、ついっと頬を染めて顔を逸らす。


「食べるか?」

「……いらない。太る。それに無駄遣いはしない主義」

「そっか。せっかくだから俺が奢ろうかと思ってたんだけどな」

「…………ぅ」


 翔太が少し悪戯っぽく言えば、英梨花は言葉を詰まらせ店と兄を交互に見やる。


「どうする?」

「……食べる。兄さんの意地悪」


 英梨花は唇を尖らせ、拗ねたように答えた。

 そわそわする英梨花と列に並び、買ったシュークリームを二人して各所に設置されている休憩ベンチに腰を降ろしいただく。

 さくさくとしたパイ生地になめらかな口どけのカスタードクリーム、それから鼻を抜けていくバニラビーンズの風味。相変わらず美味しくてがっつくようにして一息で食べてしまう。

 指に付いたシュガーパウダーを舐めながら隣に目をやれば、目をキラキラさせながら小さな口で美味しそうに啄む妹の姿。

 それはとても微笑ましくも可愛らしく、つい反射的にスマホのカメラを向けてしまう。

 カシャりという音で撮影されたことに気付いた英梨花は、みるみる目を大きくして頬を赤らめ、抗議の声を上げる。


「に、兄さん?」


 英梨花にジト目で睨まれる翔太。つい衝動的にやってしまったことで、特に意味はない。

 翔太はしどろもどろになりながら、言い訳を探す。


「っ! あぁいやそのな、美桜の奴に英梨花がどんな風になったか写真を送ってくれって言ってたから、それで」

「撮るならちゃんと……って美桜? みーちゃん?」

「あぁ、そのみーちゃん。今でも相変わらず竹刀振り回しているし、うちにもよく入り浸ってる。なんなら今日も英梨花がくる少し前まで居たよ」


 翔太はスマホの画像ファイルを呼び出し、英梨花に見せる。

 そこに映るのは伸びるに任せたボサボサの髪のオシャレとは無縁そうな女子が、教室の机の上で胡坐をかいて指差しながら大口を開けて笑う姿。

 他にもと見せるのはカラオケ店でダサく野暮ったい私服で熱唱したり、剣道大会の会場前で着姿で妙なポーズをしていたりと、どれもガサツで女子力という言葉からは程遠いものばかり。しかし幼い頃から変わらない姿でもあった。

 翔太が眉を顰める一方、英梨花は目をぱちくりさせて口元を綻ばす。


「みーちゃん、相変わらず」

「もうちょっと落ち着いてくれとは思うな」

「私も会いたい」

「今日は用事あるって出ていったけど、明日にも来るんじゃないかな」

「ん、楽しみ」


 そして兄妹揃って顔を見合わせ、くすりと笑った。


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