3.久しぶりの我が家



 それからたっぷり小一時間。

 棚もクローゼットの中もきちんと整頓し、珍しくフローリングワイパーも掛け終え、いつもの掃除より5割増しにピカピカになった自室を満足そうに眺めていると、インターホンが鳴った。

 時刻を確認すれば、丁度父と妹がやってくると告げていた頃合い。

 階下からも「翔太、お願い」という母の声も聞こえてくる。

 翔太は「はーい」と返事をしながら玄関へ向かう。

 扉に手を掛けたところで、はたと手が止まる。

 何と言って出迎えるべきなのだろうか?

 かつてはこの家で一緒に暮らしていたのだ。「いらっしゃい」では他人行儀だし、さりとて「おかえり」も少し違う気がして。逡巡することしばし。


「おまたせ」


 あまり待たせるわけにもいかず、結局翔太はそんな当たり障りのない言葉と共にドアを開ける。

 すると、玄関先で特徴的な2つの赤い髪が舞った。


「よ、来たぜ翔太」

「ん、来た」


 翔太の姿を見てにこりと笑う父と妹。事前に荷物を送ってきているので、持っているのはそれぞれボストンバックを1つずつ。

 かなりの軽装だ。引っ越してきた、というよりかは旅行帰りにようにも見える。もしかしたら、本人たち的にはそうなのかもしれない。


「……おぅ。まぁ、その、とりあえず上がって」


 翔太は曖昧な笑みを浮かべ踵を返し、2人を招き入れ、一応とばかりにおろしたてのスリッパを勧める。

 英梨花はきょろきょろと物珍しそうに周囲を眺め、すんすんと鼻を鳴らす。そしてリビングに入ると、「ゎ」と小さく感嘆の声を上げた。


「懐かしい、あまり変わってない」

「あれから模様替えもしていなしな」

「ソファーはちょっとボロい? あ、この壁の傷、兄さんがオモチャ振り回したやつ」

「よくそんなこと覚えてるな」

「オモチャも壊れて、怒られて、兄さん大泣き」

「……そこは忘れてくれよ」

「ふふっ」


 そう言って妹にふわりと目を細めて微笑まれれば、胸がドキリと跳ねる。

 翔太は咄嗟に顔を逸らし、赤くなった頬を誤魔化す様にぽりぽりと掻く。

 見た目と言動が自分の中でのイメージがちぐはぐで、どうにも調子が狂ってしまう。


(ったく、これから一緒に暮らすというのに……)


 すると英梨花と同じように周囲を見回していた父が、感心した声を上げた。


「なんだかんだで片付いてるなぁ」

「父さん、すぐ散らかす。大変」

「あ、あはは。仕事が忙しくて」

「いつもその言い訳」


 英梨花の冷静なツッコミに父が肩を竦めれば、翔太もくすりと笑う。


「普段はもっとごった返しているよ。さすが慌てて大掃除したし」

「ったく、翔太もそういうところはあなたに似なくてもよかったのに」

「母さん」


 そこへこの家で唯一の黒髪である母が、呆れた顔でやってくる。


「うっ、これからはちゃんと気を付けるよ」

「本当に? あなたって、昔から口だけは調子いいんだから」

「そんなことないさ。そういう君は昔から変わらず美しいね。歳を重ねた分、内部から滲みえる美しさ重なって、以前より魅力的になったよ」

「ったく、そういうところよ」

「あいててっ⁉」

「ほら、あなたの荷物が複雑すぎて解けてないの。手伝いなさい」


 母は気安く肩を抱こうとする父の手を捻り、しかし満更でもなさそうにそのまま奥の部屋へと連れて行く。

 そんな親の仲睦まじい姿を見せられるのは、子供としてはやはり気恥ずかしく、英梨花と互いに顔を見合わせ苦笑い。

 しかし今までとこれからを考えると、歓迎すべきことではあるのだろう。


「そういや兄さん、私の部屋は?」

「用意してあるよ。こっち、二階。っと、その荷物持つよ」

「ぁ」


 返事を待たず、強引に取ったボストンバッグは、剣道で身体を鍛えている翔太でも思わず「重っ」と言ってしまうほどズシリと腕に来た。

 華奢な英梨花にとっては結構な荷物だろう。


「重いなら言ってくれよ。持つのに」

「兄妹なら、そうする?」

「さぁ、どうだろ」

「下心?」

「っ、妹相手に出してどうする!」

「今までそういうの、多かった」

「あー……」


 翔太は英梨花を見てなんとも言えない声を零す。

 先日と同じよそ行きの少しオシャレなモノトーンのワンピースは、よく似合っているだけじゃなく、スラリとした英梨花を年齢以上に大人びているように演出している。

 英梨花は、兄である翔太から見ても美少女だ。外を歩けば、軽薄そうな輩に声を掛けられることもあるだろう。

 そのことを想像すると、メラりと心の中に嫉妬にもヤキモチにも似た感情が生まれるのを自覚する。そして見たこともない彼らに対抗するかのように口を開く。


「俺も下心あるかも」

「え?」

「以前みたいに仲良くしたいっていう下心」


 翔太はくるりと身を翻し、背中越しに話す。気障なことを言った自覚もあり、その頬は少々赤かった。

 英梨花はといえば、虚を衝かれたかのように目をぱちくりとさせている。


「私もっ」


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