2.腐れ縁の幼馴染


 隣接する大都市のベッドタウンという側面が強い地方都市。

 その住宅街にある葛城家の自室で、翔太は朝から部屋の大掃除に勤しんでいた。

 普段から小綺麗に使っているものの、そこはやはり急遽この家に戻ってくることになった英梨花を意識してのこと、少しでもしっかりしている兄の面目を保っておきたい。


「……うん?」


 ついでとばかりに適当に物を突っ込んでいた本棚や机の中、クローゼットの整理をしていると、玄関がの方でガチャッと勢いよくドアが開かれたと思えばドタバタと慌ただしく階段を駆けぼってくる足音が聞こえ、部屋に飛び込んでくる者がいた。


「しょーちゃん、ちょっとこいつ倒すの手伝――って、うわ! めっちゃ部屋散らかしてどうしたのさ?」

「散らかしてんじゃなくて整理してんだよ、美桜」


 翔太はゲーム機片手に我が物顔で部屋へやってきた同世代の女の子――五條美桜にしかめっ面でため息を吐く。

 美桜は、「ふぅん」と言いながら無遠慮に整頓中の部屋を見回し、床に散らばる本の中であるものを見つけ目を輝かす。


「『隠れオタクで淫らなお嬢様はオレの妹』……このどこかで見たことがあるキャラが描かれた色鮮やかで薄い本は、紛うことなくエロ同人誌! 久々に見たね~、どったのこれ?」

「あぁ、こないだ和真に押し付けられた」

「エロい? どちゃシコ?」

「ん~、どちらかと言えばグッとくる系? 読めばわかる」

「へぇ~」


 そう言ってエロ同人誌を拾い上げた美桜は、そのまま翔太のベッドの上でゴロリと寝転び読み始める。

 翔太は時折美桜が零す「むふっ」「貧乳キャラに胸盛ってんじゃねーよ」「いやいやいや、これは……」「えっっっ⁉」といった鼻息荒い声を聞きながら、淡々と部屋の片づけを進めていく。

 やがて読み終えた美桜はやけに肌をつやつやさせた顔を上げ、「ほぅ」と恍惚のため息を吐き、満足そうに声を上げた。


「いっやーこれ、ストーリーが意外性もあって良かった! 特に『バッカヤロウ、実の兄妹だからいいんじゃねーか……』って少々口汚くも恥じらいながら言うところとか、原作への愛が溢れるオマージュだしー」

「あぁ、俺も和真に『ただのエロ漫画じゃないんだよ!』って力説されて渡された時は何言ってんだコイツ、と思ったけど、読んだら評価変わったな」

「ね、他にもある?」

「いや、それだけ……っておい、そこせっかく片付けたところ!」

「ま、ないか。どうせそーゆーコレクションはスマホの電子だろうし」

「……っ、持ってねぇよ」

「あ、今ちょっと怪しい間があった」

「うっせ!」


 少々図星もあって声を荒げる翔太、にししと笑う美桜。そんないつも通り・・・・・ともいえるやり取り。

 翔太が片付けに戻れば、美桜は「しょうがない、とりあえず自力で頑張りますか」と言って持ってきたゲームを再開する。ベッドの上で胡坐をかいてぼりぼりとお腹を掻き、翔太の飲みかけのペットボトルのジンジャエールを断りもなく口をつけ、翔太の部屋へ嵐のようにやってきて我が物顔で振舞う美桜は、いわゆる幼馴染だ。それも小学校に上がる前からの、筋金入りの腐れ縁。これもよくある、いつものことだった。

 年頃の男女が同じ部屋にいるというのに、気安く心地よい空気が流れている。つい今し方友人に布教されたエロ同人誌を見つけられ、読まれていたとは思えないほど、ビックリするくらい変な空気にもならない。

 ちらりと美桜の姿を見てみれば、寝癖の付いたままの伸びるに任せたままの黒髪をひっつめ、ちょっとその辺のコンビニへ行くのも躊躇うようなよれよれシャツにスウェット姿。とてもじゃないが人様に見せられない気が緩み切った格好の美桜本人も、女子ということを意識していないのだろう。じゃなければ、ジンジャエールを一気飲みしてゲップなんかしやしない。

 そんな風に、翔太は美桜と家族・・よりも一緒の時間を過ごしてきた。

 目の前でスウェットの中に手を突っ込み、お尻を掻いている美桜を見ながら、ふいに思っていたことを零す。


「……兄妹ってこんな感じなのかな」

「いきなりどうしたの? いやん、もしかしてあたしと薄い本の様なことしたいとか!」

「ハッ!」

「その反応ひどくない⁉」


 おどけた調子てギュッと自らの身を抱きしめくねくね踊る美桜を半目で笑えば、抗議とばかりに枕を投げつけられる。

 翔太は苦笑を返すものの、美桜は少し気遣う声色と共に顔を覗き込む。


「で、いきなりどうしたの?」

「あー……」


 先ほどの呟きに思うことがあったのだろう。

 美桜は、家の事情で英梨花と離れ離れになってしまったことを知っている。

 そして先日の顔合わせことは急だったこともあり、そのことをまだ話していない。

 翔太は頬を掻きながら、言葉を吟味しながら口を開く。


「両親がヨリ戻したんだ。英梨花もこの家に戻ってくる」

「え、ウソ⁉ あたし何も聞いてないよ⁉」

「あぁ、かなり急な話でさ。つい一昨日、顔合わせもしてきた。ほら、廊下とかに色々荷物届いてただろ?」

「何かと思ったら、そうだったんだ。てっきりおばさんがあたしの為にって」

「いやいや、さすがにあれだけの荷物、美桜の何に対してだよ」

「……あれ、しょーちゃん聞いてない?」

「何をだよ」

「ん~~~~、やっぱ内緒っ☆」

「……うざっ」


 何かの会話が噛み合っていなかった。

 それが気に掛かるものの、美桜がにんまりと口を三日月に歪めてにやにやすれば鬱陶しさの方が勝り、眉を寄せてそっぽを向く。

 しかしそんな翔太を美桜は気にした風もなく、さらに声を続ける。


「ね、ね、えりちゃんどんな感じになってた? 可愛い?」

「っ! あー、えーっと何ていうか、……」


 ふいに英梨花の姿を思い浮かべれば、ドキリと胸が跳ねるのを自覚し、言葉を濁す。

 そんな反応をした翔太を見た美桜は、スッと意地悪く目を細める。


「お、この感じはかなり可愛いとみた! ってことはそんな子とこれからずっと同じ屋根の下って思うとドキドキっすなー」

「ば、バッカ何言ってんだ、妹だろ」

「でもほら、実妹だからいいんだろって、この薄い本でも」

「それは薄い本だからだろ!」

「てへっ」


 そんなじゃれ合うようなやり取りをしつつも、胸中は複雑だった。

 英梨花のことを考えると、胸が騒がしくなる。兄だというのにを異性として意識しまっており、これから一緒にどう暮らしていけばいいのやら。

 お気楽な様子で純粋に楽しみにしている美桜が、今は少し恨めしい。


「そっかぁ、えりちゃん戻ってくるんだ……楽しみ~。ね、いつこっち来るの?」

「今日だよ。もうちょっとしたら来ると思うし、会っていけよ。そんでついでに引っ越し手伝ってけ。ついでに掃除も」

「むぅ、そうしたいのも山々なんだけど、今日はこれから予定がありまして、っと!」


 そういうなり美桜はぴょんっと身を起こし、ぐぐーっと伸びをする。


「だから、後でえりちゃんの写真撮って送ってよ」

「え、やだよ。それに何て言って妹の写真を撮ればいいんだ」

「んー『可愛い妹を周囲に自慢するために1枚いいか?』、とか?」

「言えるか、っていうか微妙に似てるからやめろ!」

「ふひひ」


 そんなことを言いつつ、美桜は「んじゃ行ってきまーす」と言って去っていく。自由なやつである。

 後に残された翔太は「はぁ」と大きなため息を吐き、ぐるりと自分の部屋を見回せば、中途半端に散らかった自分の部屋。


「……残り、片付けるか」


※※※※ ※※※※


次話はお昼に公開します




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