第37話 食べ歩きと屋台
美しい白い防壁の中にあるナスハワの街には、石レンガ製だった帝国の家々と違って、塗り壁の家々が立ち並んでおり、家によって壁の色は微妙に違っているが使っている材料の色だろう茶系の色が1番多かった。
アレク達曰く普段はここまでじゃないという人混みに圧倒されつつ、門をくぐってすぐ。
人混みを見て宿屋の部屋を確保しに行ったアレクさん達と別行動でクロと2人、レンガで舗装された大通りに立ち並ぶ屋台を見て回っていた。
特に祭りをやっているわけではないと門の兵士は言っていたが肉料理屋台、飲み物屋台、くじ引き屋台、弓当て屋台、玩具屋台などなど、屋台の種類は様々でちょっとしたお祭りの様相を呈していた。
そんな賑やかなお祭り空間のナスハワの街の大通りでクロと2人でお昼ご飯になりそうな物の屋台を探す。
アレク達とは後で合流する事になっており、宿屋が見つかったらリリアの魔法で連絡をくれるとの事でそれまでにアレク達の分も含めご飯を買っておかないといけない。
そのためオレオルはどうせなら美味しい物をいろいろ食べて決めようと思い、味見と称してあちこち食べ歩いていた。
「美味しい! 」
たくさん出ていた屋台の中でも人気が高そうだった屋台の列に並んで買ったフライドコッコという揚げ物を食べたオレオルがその美味しさに思わずそう声をあげる。
ホットドリンクとか発熱薬の材料になるのは知ってたけど…
「ポカタスの葉って料理に使ってもこんなに美味しいんだ!」
揚げごろもに程よく混ぜられたポカタスの葉の独特な香りが食欲をそそり、口の中でコッコ肉の肉汁がじゅわりと
揚げたての衣はサクサクザクザクしており、どうやらパン粉が2種類使われている様だ。とてもこってる。
オレオルはフライドコッコを口の中でゆっくりと味わいつつも、自分でも作れないかと使われている材料に当たりをつける。
そして、そうしていると少ししてから体の中がポカタスの葉の成分でだろうがポカポカと温かくなってくる。
食べた時に体が暖かくなる香辛料は様々あるが、これは他のそれらと違って食べた時に辛味が無い。
その変わりにポカタスの葉は独特の香りと酸味がある。
揚られた事で酸味はほとんど飛んでいるがその微かな酸味によって揚げ物なのにも関わらずスルスルと食べられる。
「フライドコッコという料理はこの街に限らず、ザリニア王国西部の街々で人気の名物料理だ」
クロがそう言ってオレオルの持っている紙でできたコップの中に入っている1口サイズの揚げ物を食べた。
「あっ! 最後の1個!! 」
「なかなかだな…買ってくのはもうこれでいいだろ」
「ダメ! 少なくともあと数件は回らないと! 」
オレオルに拒否されてクロはげんなりしたが付き合わざるを得ないんだろうなと思い諦めた。
「仕方ねえから付き合ってやる。その代わり俺にもよこせ」
「いいけど、クロお昼ご飯入らなくならない?」
「お前ほどじゃねえが俺も食べれる方だ、問題ねえよ」
「そうなんだ…」
じゃあまあ大丈夫か。
納得した俺はすっかりフライドコッコに胃袋を鷲掴みにされていたので、いろいろなフライドコッコ屋台を巡る事を決めていた。
だから近くにあるフライドコッコ屋台の内、今のところの次に人の多い、今買った屋台の2軒隣にあるフライドコッコ屋台に並んだ。
このフライドコッコ屋台はさっきの屋台よりも気持ち大きめのサイズのフライドコッコにソースがかかっているものが売られている様だ。
ラインナップを見ると、5個入りと12個入りがある。上のソースは4種類あり、茶色いソース、赤いソース、緑色のソース、白いソースがある様だ。
値段はこっちの方が気持ち高いが、その分1つが大きいのでコスパ的には変わらないだろう。
そこそこ人気の屋台だったが、客を捌く速度がさっきの屋台よりも早く、列の前には2組しかいなかったのもあり順番はすぐにやってきた。
「1番おすすめの味のフライドコッコ5個入りをひとつください! 」
「あいよ! それならこのダマトガリク味になるがそれでいいか? 」
店主が進めてきたのは赤いソースのダマトガリク(トマトガーリック)味だった。
「はい! それでお願いします! 」
「それなら銀貨5枚だ」
そう言われて出ている値札を見ると、5個入り銀貨5枚、12個入り大銀貨1枚とあった。
「これでいいですか?」
オレオルは財布用のマジックポーチから銀貨を5枚取り出して屋台の店主に手渡した。
「1…2…3…4…ちょうどだな…もうすぐ揚がるからちょっと待ってな! 」
「はい!」
屋台の店主の男がそう言って魔導式フライヤーに向かったのでオレオルはその店の他のメニューを眺めて待つ事にした。
オレオルが注文したダマトガリク味以外は既に出来上がってる物が5個入りと12個入りに分けられてる陳列されている様で店主がおすすめでこの味を選んだのは揚げたてを渡せると思ったからだとわかった。
「ほいよ! フライドコッコ5個入りひとつお待ちどうさん! 揚げたてで熱いから気をつけてくれ」
「ありがとうございます」
オレオルは出来たてを受け取って列の前から外れると、一緒につけてくれていた木製の小さな使い捨てフォークで赤いダマト(トマト)ソースのかかったフライドコッコを1口で食べ─
─ようとしたら口に入る前にクロに食べられた。
「あぁっ!? クロお前また勝手に!!? 」
言ってくれたら普通に分けるのに!
「……まあまあだな。不味くはねえが俺はさっきのやつの方が好みだ」
買った店の真横で正直すぎる感想を述べるクロに『俺の奪って先に食っといて感想それかよ』と思ったが、それよりも美味しいうちに食べたかったので口から出そうになった文句をグッと飲み込んでさっきの屋台のよりも一回り大きなそれを一口で頬張った。
あっっっつぅぅ!!?
口に入ってすぐオレオルが感じた事は『熱い』だった。
それもそのはず。
揚げたての揚げ物に、かける直前まで鍋でくつくつしていたソース。熱くないわけがなかった。
オレオルはクロが平然と食べていた事と、全体に絡んだソースで見た目ではパッと見わからなくなっていた。
そのために、屋台の人が「揚げたてで熱い」と言っていた事をすっかり忘れてしまっていたので、ものすごくびっくりした。
「あっふ! ほふっ…はふっ…」
どうにかこうにか灼熱なフライドコッコを咀嚼し終え、のみ込んだオレオルは舌にがっつり火傷を負っており、ヒリヒリとした痛みに涙目になる。
「熱い…舌やけどした…」
熱すぎてちゃんと味わえもしなかったし…
「揚げたてを一口で食べるからだ」
クロが「自業自得だな」 と言って2個目をとって再び一口で食べた。
「あっ! お前!? さっきまあまあとか言ってたくせに!! 」
「…さっさと食べて次行くぞ」
屋台の人が気を利かせてフォークを2つつけてくれているのでクロが食べるのには困らないがそのせいでさっきより減るペースが早い。
そして灼熱なはずのフライドコッコの2個目を涼しい顔で咀嚼している様子のクロ。
オレオルがひとつ自分のフォークを刺して冷めるのを待っている間にもう2個目の咀嚼を終えたクロは3個目を食べた。
「あ、ちょ! お前また!? 冷める前に無くなるだろ!? それに、なんでそんなペースで食べれるんだ!? 」
熱くないのか!? バケモンかよ。
「俺のこれまでの主食は基本的に炎とその炎の魔力だったからな…この程度じゃなんともねえよ」
クロはなんでも無さそうにそう言うと最後の1個をフーフーとずっと覚まし続けているオレオルを見て「そういうお前は猫舌だな」と言った。
「俺が猫舌なんじゃなくてお前がおかし…ん? え、炎ってあの炎…? 」
こいつ、火、食うの?
「なんだその目は…そんな目しても炎はやらねえぞ?」
「要らねえよ!? 死ぬわ!! ?」
なんなんだこいつ!?
なんなんだ!! ?
*
あの後、オーソドックスな普通のフライドコッコやシーズ(チーズ)ソースのかかった物、東から来た人がやっていた屋台でカリーという故郷の名物料理で使うスパイスを使った味の物なんかもあって様々なフライドコッコを食べた。
そして今、『肉だけだと栄養が偏る』思っていたことろにちょうど目に入った見た事ない料理の屋台に並んでいる。
その屋台はカリー味のフライドコッコ屋台の店主の友人がやっているらしく、カリー味フライドコッコの注文待ちの最中に隣の屋台が気になってじっと見ていたらカリー屋台の人に進められた。
それだけだったら隣の屋台がカリー味フライドコッコ屋台と同じくらい結構な人数が並んでいたのでわざわざ並んで買う気までは無かった。
だが、クロが珍しくその料理に反応していたのでなんとなく気になって買ってみようと思ったのだ。
買ったばかりのスパイスのきいたフライドコッコを食べつつ列に並んで待っていると前の方で買っている人と店主の会話が聞こえてきた。
この屋台の料理は故郷では全部まとめてコナモンと呼ばれているらしい。
嗅いだことの無いタイプの匂いをしている茶色いとろみのあるソースにつられて、野菜の入っている野菜ヤキソバとオコノミヤキを注文。
そして、特に野菜は入っていなそうだったが丸い形が気になったのでタコ無しタコヤキ8個入りとかいう謎の食べ物の計3種類を注文した。
そしてオレオルがそれで注文を終わろうとすると突然クロがその会話に割って入って来た。
「今頼んだやつを全部9ずつ追加。あとホルモン焼きそば10と…トンペイヤキはねえのか」
「兄ちゃんすまねえな…コナモン屋台やるってなった時にトンペイヤキはメニューから外そうって事になったんだよ」
「そうか…久しぶりに食べたかったんだが…ないならしょうがねえ…代わりにタコヤキ追加でもう10くれ」
「野菜ヤキソバ10、ホルモンヤキソバ10、オコノミヤキ10、タコヤキ20であってるか?」
「あぁ」
「ちょいと数が多いんでお前さんの注文だけで別で作るから時間貰っていいか? 」
「問題ねえ、たくさん注文してすまねえな」
「いいってことよ! こっちはたくさん買ってくれるのは大歓迎だ! 」
あれよあれよという間に、注文数が10倍にされて、その上別で追加までされる様子を俺は呆然と眺めていた。
「クロ、この料理好きなの? 」
「……前に一緒に旅してたやつが、料理するのめんどくさいって時によく作ってたのを思い出してな」
クロはそう言って懐かしそうに目を細め、屋台の人が俺達の注文品だろう料理を作り始めたのを見ている。
「兄ちゃん見たところアズマビトじゃなさそうだがどこでコナモン知ったんだ?」
慣れた手つきで麺をほぐしているヤキソバ担当らしい男が聞いてきた。
「3000年くらい前にアズマの国出身のやつに旅先で振る舞われたのが最初だ」
「さっ…!? 」
3000年前!!?
オレオルはクロの言葉に驚いて変な声を出してしまい、クロから『なに変な声出してんだ』と言う目で見られた。
だが驚いていたのはオレオルだけではなく、店の人達と周囲の客達も同じようだった。
皆動きを止めてクロを見ていたので『よかった…俺の感覚はおかしくなかった』と確認できて少しほっとした。
クロの感覚ってなんかズレて感じるんだよなぁ。
長命種だからか?
帝国と比べて亜人種の多いここザリニア王国でも、クロほどの長生きはなかなかに珍しい様だ。
異様な雰囲気に包まれた周囲のそんな空気をぶち壊したのは屋台の店主の豪快な笑い声だった。
「いやぁー、たまげたたまげた! 」
「ほんとほんと! てっきり俺らと同年代くらいかと思ってたのになぁ! 」
「見た目もそれくらいだし髪も黒いしな」
「そうそう」
ヤキソバを作っている人とタコヤキを作っている人がそう言って笑い合う。
「コナモンって3000年も前からあったんだなぁ」
「だなぁ…」
ものすごい速さでタコヤキをピックのような物で丸くしている人と、金属でできたヘラを器用に使いヤキソバを混ぜている男がそれぞれしみじみと言った。
「3000年前からって言うか、ちょうどコナモンがあの御方から伝えられたのがその頃じゃなかったか?」
「そうだったか? 」
「そうそう、オレ達がガキん頃習った時で2684年前だったから今だと3000年前くらいだな」
オコノミヤキを作っている2人とタコヤキを作っている男がそう言った。
「 はー! そりゃすげえ! 兄ちゃん長生きだなぁ! 」
いえ、その会話をしているあなた達の推定316歳も十分長生きです。
俺はそう思ったがクロの推定3000歳と比べると短く感じるのも事実なので口には出さなかった。
また先ほどから会話にちょくちょく上がっている、コナモン発祥の地らしいアズマの国。
その国は、200年前から現在に至るまで鎖国しているらしく、今は誰も国の中に入れないし、国の外にも出れなくなっていると、オレオルはロウルから聞いた事がある。
そのため店主らは『コナモンを知ってるやつはいないだろう』と思っていたのだと思う。
そしてそんな所に、アズマの国のコナモンやオコノミソースを詳しく知ってそうな様子のクロが客として現れて、怪しく思う気持ちもあったからクロに尋ねたのだと思う。
結果は店主らの予想に反してクロが超絶長生きをしているだけだったので、大層びっくりした事だろう。
心中お察しいたします。
俺は心の中で同情した。
「そういえば、なぜ"タコ"ヤキなのにタコ無しなんですか? 」
オレオルはタコが何かはわからなかったが、わざわざ書いているという事は本来はタコなるモノが入っている料理なのだろうと思ったので、なぜ入れていないのか気になった。
「あぁ、それはこの料理は本来、中にアッキ貝とかマーリ貝みたいなコリコリした食感の貝を入れる料理なんだが、ここらの国は内陸国で海の幸がとれないから仕方なくなんだよ」
「なるほど…そうだったんですね」
元々は貝が入っている料理なのか。
なるほど…
いや、待てよ?
「入れるのタコ?とか言うやつじゃないんですか? 」
「あぁ、それはな…アズマの国の言葉でタコって
「へぇー…多くの幸せかぁ…なんかいい名前ですね」
「だろ? 」
タコヤキ担当の人が笑ってそう言った。
そしてそんなタコヤキにまつわる話に反応したのがクロだ。
「あいつ…そんな適当な話広めてやがったのか…」
クロがぽつりとそう呟いた。
^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─
お読み下さりありがとうございます!
伝聞ってネジ曲がりがちなイメージあります
なのでこの世界でもヤキソバがコナモンにされてたり、たこ焼きが多幸焼きにされてたり…
この世界では、他にもいろいろ大変な事になってたりします
そして、タコヤキに関する話が予想外に長くなったので番外編として次話にわけます
私の好物のひとつだからなのか、話がスルスル出てきたんです
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