2 ザリニア王国→グランミリア王国
第36話 初めての外国とESランク冒険者
ゴルゴン帝国の最西端の街タリア、そこから街道を道なりに約2日進んだ先ある街、ザリニア王国ナスハワの街。
その街の外壁が見える場所に一同はいた。
寄り道に寄り道を重ねた結果、本来街道沿いに歩いていれば2日で行けたはずの移動に5日もかかったが、オレオルはその半分以上を寝て過ごしたため体感には最短ルートを行ったのとさほど変わらなかった。
オレオルはこれまで帝国から出た事が無かったのでわからなかったが、ナスハワの街を見た事でロウルが帝国を普通じゃないと言っていた意味が何となくわかったような気がした。
帝国では小さな村であっても頑丈な壁におおわれていたからだ。見た所ナスハワの街はタリアと同じくらいありそうなのに外壁は帝国内の小さな村と同じくらいしかない。
だがそれはナスハワの街の守りが不足している訳ではなくて、帝国側が過剰なのだろう。
ナスハワの街にも白塗りの立派な外壁がぐるりと街を囲うように1周全方位を守っているからだ。
外壁と合わせて結界もあるようだし、この規模の街の防衛としては十分すぎる程だろう。
だからこそ帝国の外壁の異様さも目立つ訳だが…
比較対象ができた事で今初めて育った街に違和感を感じたわけだが、その中でも1番おかしく感じたのは帝国はろくに使えない兵器をゴテゴテと外壁に設置していた事だ。
実践で使うには威力も射程も足りず、外壁に完全に固定する形で設置されているために狙いも付けられない。
『何の役にも立たないからタダの置物にしかなってないのぉ…』とじいちゃんが言っていたあれはなんのために置かれていたのだろか。
当時、じいちゃんが『何の役にも立たない』と言った時、俺はどうでもよかったからろくに話を聞いていなかったが、あいずちを打つような形で『それなら、なんでこんなものをつけてるの? 』とじいちゃんに聞いた事がある。
じいちゃんは少し考え込んだ後に『威嚇するため…なのかの…儂にもわからん』とだけ言ったが置いてある理由は教えてくれなかった。
もしかしたらじいちゃんも本当の答えは知らなかったのかもしれない。
ただ当時じいちゃんの言葉を聞いた俺は『まるで外から来るのは全て敵だとでも言うかの様だ』と思い、なぜかはわからないが、何となく嫌な気持ちになったのだけは覚えている。
とまあ少し話がズレてしまったが、本題は今目の前にあるナスハワの街の外壁だ。
ザリニア王国の要所でもあるナスハワの街は大きな街なのでしっかりとした大きな外壁だ。帝国と比べると重厚感はないが白塗りの美しい外観と街を覆う結界はそれらがひとつの芸術品のように感じるほど調和が取れている。
そして当然と言えばそうなのかもしれないが、魔獣対策用の結界はあるが、帝国の様に壁の上に大きいだけの置物でしかない大砲兵器がついていたりはしていない。
そもそも防衛という面では魔法や魔術の使える兵士に、各街にそれぞれ展開されている強力な魔術結界があれば十分らしいので、帝国の各街の壁の上にある兵器の数々はたとえ使える性能のものだったとしてもハリボテと同じだ。
魔法の使えない者になら有効かもしれないが、この世界において兵士とは最低でも魔法くらいは使えるレベルの者なので、そもそも魔法の使えない兵士などどこの国にも存在していない。
当時は自分には関係ない事だと思っていたし、そういう物だと漠然と思っていたから何も思わなかったが、そうではなかったとオレオルはようやく自分の頭できちんと理解できたような気がした。
そしてそんな外壁の色だが、帝国では外から見るとどこか威圧感を感じる装飾の無い灰色1色の石レンガ造りだったのに対し、ナスハワの街は美しい蔦模様の装飾の施された白塗りの壁だ。
威圧感よりも見た目の美しさを優先しているといった所なのだろう。
旅人として訪れる分には白塗りの壁は美しくていいと思うが、自分が住む街にあった時に安心感があるのは帝国の方かもしれない。
というか、両方を足して2で割ったらちょうどいいんじゃないだろうか。
その国の特色と言えばそれまでかもしれないが、どうにもやるせない気持ちになった。
*
「入国審査の待ち時間は40分かそこらか? 」
「そうですね」
帝国では入出国に2度の手続きが必要だったために街の門でも関所でも長蛇の列ができていた。だが、ザリニア王国では帝国の時と比べて列は短く何時間も待つ必要はなさそうだった。
「思ったより人が少ないけどぼく達が街道それて寄り道しすぎたから少ないだけかな? 」
「ここまで通常の2倍以上日数かかってるものね」
確かに日数はかかってるけど、それはおかしくないか?
日にちが経って増えるならわかるけど減る理由がわからない。 タリアは国境に近いから戦争の話が出回り始めて比較的すぐに国外に出れた。でも、戦争から逃げるために帝国外に行こうとする者の中には帝国の中心に近い街から国外に避難しようとする者だって当然いるはずで、その者達はなれない中を長距離移動する事になる。
普通より日数がかかっても全然おかしくないくらいなのに、戦争の噂が流れてからたったの1週間と少しでここまで人が減るのはおかしいだろう。
そう思って訝しんだオレオルは国境線にある帝国側の関所で兵士に絡まれた事を思い出して思わず足が止まった。
「どうした」
突然立ち止まったオレオルを見てクロがそう声をかけた。
「いや…その…これまで門にいる兵士とは何かしらで必ず揉めてきたから」
オレオルはまた何かもめそうで怖かった。
「心配しなくても大丈夫だよ」
いつの間にかオレオルの近くまで戻ってきていたセレーナがオレオルにそう言って微笑んだ。
「これまでオレオル君が兵士に絡まれてたのはたぶんその低い身長のせいだと思うから」
セレーナさんは悲しそうに目を伏せた。
「身長のせい…? 」
それって…どういう事?
「君が知らないって事はロウルさんは君が気づけないほど徹底的に君をそういう目から守っていたんだろうけど、元帝国貴族として君は本当の事を知っておくべきだと思うから言うね」
セレーナさんの真剣な目にオレオルは少し怖くなったが、いつもにこにこしているセレーナさんがこんなに真剣な顔をして言うということはそれだけ大事なんだろうと思ったオレオルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「な、なんですか…? 俺が知っておくべき事って…」
「君が知っておくべき事はね、帝国では中心に行けば行くほど純粋な人族以外は差別されている…という事だよ」
種族差別…? それと俺に関係ってあるのか?
種族差別については俺も少しなら知っているけど、じいちゃんは肌の色とか魚の鱗がある人とか耳やしっぽがある人とかパッと見てすぐに分かるような"違い"が対象になるって言ってたから俺はそういうのじゃないし、差別の対象にされる事は無いと思ってた…んだけど。
「悲しい事に帝国の中心から来た人ほど、差別意識は酷くてね…タリアの街は西の端っこだし数十年前までは別の国だったのもあって差別する人は少なかったけど、兵士は例えどこの生まれであっても最初数年は帝都で学んで各地に配属されるから年々差別思想が広がってきてるの…」
地方出身で差別意識がなかった人もその数年で大半が差別意識を植え付けられるらしい。
「でもじいちゃんは差別は見た目がはっきり違う種族の人だって」
「それは帝国以外の国での常識よ」
俺とセレーナさんの会話を聞いていたリリアさんが言った。
「ロウルさんは自分が亡くなった後にオレオル君が帝国の外で困らないように帝国での常識ではなく、外の国々での常識を教えたのだと思いますよ」
じいちゃん…
「…アントンさんはじいちゃんと知り合いだったんですか? 」
「えぇ、以前に助けていただいた事があります」
助けて貰った…
「アントンさんもですか? 」
「私は見た目こそ人間に近いですが、見る人が見れば肌の色の白さや黄緑色の髪なんかからエルフの血が入っている事が簡単にわかりますから」
え、そんな…
肌の色が少し人より白かったり、髪の色が違うだけで差別されるの…?
「じゃあ…もう17なのに背が伸びない俺も…」
…差別の対象だった…という事?
「わかってから考えると心当たりがあるんじゃないですか? 」
アントンは黙り込んでしまったオレオルを見て、眉尻をさげた悲しそうな表情をして「私もそうでした」と言った。
心当たり…?
あるよ。ありすぎるくらいに。
今まで考えないようにしてただけだ。
俺をいじめてきてたイェルク達も最初から俺をいじめてきていたわけじゃ無かった。
アイツらが俺を除け者にしたり暴力をふるったりし始めたのは、俺の成長しない体が周りの同年代の人達と比べて明らかにおかしいとわかり始めた頃からだ。
「そうか…俺がいじめられてたのは伸びない背にほかの種族の血が入っている事がわかったから…それで…」
オレオルはかれこれ10年以上の間わからなくて心の中でずっとモヤモヤしていた疑問がわかって、いろいろな事がストンと腑に落ちた様な気持ちだった。
他の人がやっても何も無い事でも俺がやると顔をしかめる人がいたのはそのせいだったのかと。
「なんで…差別なんてするんだろう…」
身長や肌の色や髪の色が違うからって何かあるわけでもないのに…
オレオルがそう呟いたその言葉に対してクロは何かを言うことはしなかったが隣で確かに聞いていた。
*
「おー! 匂いが違う… 旅してるって感じだ! 」
ようやく自分達の番が来て手続きの為に門の中の入国審査窓口に案内されて早々、香ってきた嗅ぎなれない匂いにさっきまでの落ち込んでいた気持ちも忘れてオレオルは感嘆の声をあげた。
半分外にある急ごしらえ感丸出しの審査窓口は門の通路の中にあるので、門の内側の出口の先にある街の中の匂いが風に乗ってやってきている様だ。
うちの店に来た帝国の外から来た冒険者達がよく『帝国は体に悪そうな匂いがするんだ』と言って笑っていた。
当時俺はそれを聞いて帝国は臭いと言いたいのかと勘違いして少しムッとして、どういう事か聞いた事があったんだけど、その冒険者達は『そうじゃなくて、それがいいんだ』とよくわからない事を言っていた。
当時は全然わからなかったが、今あの冒険者達が言っていた言葉の意味が少しわかった気がする。
だって俺も今違う国に来たって感じがしてワクワクしているから。
「おぉ坊主、ザリニア王国へようこそ! この匂いは門くぐってすぐの所でやってるフライドコッコ屋台のだ」
フライドコッコ…なるほど。
じゃあ複雑に混ざりあっている匂いの中でひときわ目立っている特徴的な匂いはこの国特産の香辛料か何かの匂いも混ざってるんだろうか。
名前を思い出せそうで思い出せないがどっかで嗅いだことはある気がする。
あー…なんだっけ、あと少しの所までは来てるんだけど…
「お肉の焼ける匂いと…後は…あっ、思い出した! ポカタス! 」
「お? 坊主知ってんのか! 帝国から来たやつでその名前知ってるやつはなかなかいないのに珍しいな」
「これでも俺、薬師ですから! 」
オレオルはそう言いどうせあとから身分証を出せと言われるならこの際言われる前に出しておこうと思い薬師証を門の兵士に見せた。
「ん?…薬師なのか。でも帝国内の薬師に認められてたとしても、この国じゃなんの意味も…ってドロシー・ストークス!? 」
オレオルの薬師証を見た門の兵士が小さな声で驚いた。
「…お前さん、見た目通りの年齢じゃなさそうだな…子ども扱いして悪かったな」
薬師証を見た途端兵士の態度が変わって謝ってきたのを見たオレオルはこれまで帝国では無かった相手の反応にびっくりして目をぱちくりとさせる。
「この国はお前を差別したりしないから安心していいぞ」
そう言った兵士はなぜか涙ぐんでオレオルの薬師証に書いてある番号を書類に書き込んでいる。
薬師証には薬師ギルドの本部にある登録情報にアクセスするための番号が記載されている。
この兵士はその番号をひかえたのだろう。
薬師証の番号をもう一度確認した兵士の男は、隣でアレクさん達の手続きをしている別の兵士にも確認してもらうと薬師証をオレオルを返してきた。
「よし、もういいぞ」
え?
もう終わり?
帝国での長いお役所仕事しか知らなかったオレオルは一瞬で終わった入国審査に驚いた。
実はオレオルがドロシー発行の薬師証を持っていなかったら初入国というのもあって手続きはもう少しかかっていたのだが、その全てをドロシー・ストークスが吹き飛ばしてしまったとそういう事情だった。
タリアの街で門の兵士に驚かれてから『なんか知らないけどあのばあちゃんすごい人だったらしい』くらいには認識を改めたオレオルだったが、実際はそんなもんじゃないとんでもない人だという事までは考えが至っていない。
「次は…後ろのやつは薬師様の連れか? もしそうなら何か身分証になるものを頼む」
帝国の関所では姿を消していたクロだが、今は姿を消してはいなかったらしい。クロに気づいた兵士の男がクロに話しかけた。
「これでいいか」
兵士に身分証を求められたクロはそう言ってクリスタルの様に透き通った1枚のカードを兵士に差し出した。
「っ!!? 」
それ!?
ESランクの冒険者証じゃん!!?
クロの冒険者証を食い入るように見つめる兵士の男。
「ドロシー・ストークス発行の薬師証も凄いが、こっちもこっちですげえな…」
兵士の男はそうつぶやくと「念の為に偽物じゃないかを確認する事になっているので確認します」と震え声で緊張したように言ってクロからクリスタルのカードを受け取った。
なんだか自分まで緊張してきたオレオルが固唾呑んで見守っていると魔道具による確認を終えた兵士がクロに冒険者証を返却してきた。
ESランクの冒険者証とは主に長命種が持っている事が多く、じいちゃんの遺書に書いてあった冒険者の大陸版貢献度ランキング…それのさらに先に位置する全世界版のランキング…それに載った者の中で、1位を3回とって殿堂入りした者に贈られる特別な冒険者証だ。
昔は今のように大陸間の交流が断絶されたりはしていなかったらしく、その頃に作られた制度によるものらしい。
正直、クロの冒険者証をたった今見るまでは、俺みたいな普通の人には雲の上の神々の世界の話…といった感じで、『小さい頃に親から読み聞かせされる寝物語にしかし出てこない…おとぎ話の世界の英雄だけが持ってる様な代物』という認識だった。
クロやべぇ…どうしよう…
俺に何かあったら契約の力でクロにその皺寄せが行く状態なのにどうすんの。
俺自慢じゃないけど戦闘は本当に無理だから迷惑かけまくる未来しか見えない。
気づけば手続き待ちをしている冒険者やアレクさん達、その手続きをしていたもう1人の兵士さん等など周囲の注目を集めているクロ。
だが当のクロはそんなものは何処吹く風といった様子で俺を見てきている。
「何呆けてんだ、さっさと行くぞ」
「え!? あ、うん…? 」
びっくりして半ば放心状態だったオレオルがそう返事をすると、オレオルのお腹がたった今思い出しましたと言うようにぐーと鳴り、空腹を伝える。
クリスタルの冒険者証でしんと静まり返った周囲にその音がよく響き今度はオレオルに視線が集中した。
それによってオレオルは恥ずかしい思いをしたが、同時に周囲を支配していた緊張も解けたようで我に返った周囲がオレオルを見て笑った。
オレオルは恥ずかしくなってしまい俯いて逃げ出すようにクロに駆け寄って手を掴んだ。
「や、屋台出てるって! 行こ! 」
恥ずかしくなったオレオルが誤魔化すようにそう言うとクロはニヤニヤと笑ってオレオルを見た。
くっそ! ニヤニヤ笑いやがって!
性格悪いなクロのやつ! ちくしょう!!
オレオルは笑うクロを見てそう思った。
だが、文句を言ったところでどうにかなる気は欠片もしなかったので、口には出さなかった。
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お読み下さりありがとうございます!
おまたせしてしまいすみません、ここから新章です!
引き続きどうかよろしくお願いいたします!
以下余談。
ちなみにグランミリア王国は
グラ(タ)ンと(ル)ミリアです
グラタンは当時の私が食べたかったんでしょう(たぶん)…きっと次の街かどこかで(ト)リカラの街が登場する事になるかと(タ)(ル)(ト)
ルミリアは人名で、後々話にも登場するかも?です。
グランミリア王国は昔、ふたつの国でした。
それとこの話の補足的な話になりますが、オレオル君はロウルに言われたから旅に出たけど、本人はずっと素材屋をやっていくつもりだったから無意識の内に『ここに住むならどうだろう』という視点で周囲を観察しています。旅をする過程でその気持ちの変化もかけていけたらなと思います
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[☆☆☆]とレビューをくれたりなんかすると投稿頻度が上がるかもしれませんので、何かありましたらお気軽にコメントして行ってください!
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