第32話 関所での揉め事と魔力暴走の影響
「──そうなんだ…じゃあそれからずっとクロと一緒にいるの? 」
「ピィ! ピピィ、ピィ! (そうだよ! ふぃーはずっととうさまといっしょにいる! きめたの! )」
「フィーは本当にクロの事が大好きなんだね…今回の事でどっちもなにもなく無事にすんで本当に良かったね…」
「ピィ! (うん! )」
オレオルがブルーテイルの幼鳥であるフィーと話していると手続きを終えたアレク達が戻ってきた。
「お、目が覚めたのか」
「ほんとだ! 大丈夫? 心配したんだよ」
「はい、大丈夫です…クロから聞きましたが俺3日も寝てしまっていたんですよね? 皆さんにはご迷惑おかけしました…」
オレオルはそう言ってアレク達に頭を下げた。
「迷惑なんて…無事ならそれでいいのよ」
「えぇ、リリアの言う通りです。見た所後遺症なども何も無いようで安心しました」
重荷を下ろした後の様なほっとした顔でそう言うのを見てオレオルは本当に感謝しかないと改めて思った。
「皆さんのおかげでなんともありません。本当にありがとうございます…」
本当なら二度と魔法が使えない体になっていてもおかしくなかったのにそうなっていないのはアレクさん達とクロのおかげだろう。
俺は以前と変わらずにいられるありがたみを実感した。
こうしてオレオルがアレク達に感謝を伝えたり再び謝ったりしているとオレオルのお腹がグ〜という大きな音を出して自らの空腹を主張してきた。
「お腹空いた…」
オレオルは盛大に鳴り響いた腹の虫のおかげで空腹な事を周りに隠せなくなったのでいっそ開き直って口に出して言ってみた。
「私達は朝を食べてますから大丈夫ですが、オレオル君は3日間何も食べてないですし、お腹が空くのも無理ないですね」
「そういえば関所着いた時は朝だったのに手続きしてたらもうお昼だね…お昼休憩にしよっか! 」
「それには賛成だが、関所通ってからの方がいいだろう」
「そうね、人も多いし帝国外に早めに出ておいた方が良さそうよね…関所抜けてから適当に場所探してお昼ご飯にしましょう」
「オレオル君はそれでもいい? 」
セレーナさんがそう聞いてきたのでオレオルは「大丈夫です」と伝えた。
そして、オレオルは『クロはどうなんだろうか』とクロの方を見たが、クロは何も言わずに立ち上がったのでどうやらクロもそれで文句はないようだった。
「ピ? ピィ! (ごはん? ふぃーも! )」
「そういえばフィーは何を食べるの? 」
立ち上がったクロの肩から飛び立ってオレオルの頭にポフンととまったフィーがオレオルの頭の上でそう主張した。
「ピィ! ピー! (たねとみ! あまいのいちばんすき! )」
「甘いのが好きなの? じゃあ後でアッペレ(りんご)食べる? 甘くて美味しいよ」
「ピピィ? ピィ! (あまいの? たべる! )」
興奮した様子でそう言って鳴くフィー。
「わかった、わかったから落ち着いて…お昼ご飯のデザートにむいてあげるから」
「ピィ〜! (わ〜い! )」
オレオルはふわふわの羽をパタパタさせて喜んでいるフィーに癒されてほっこりした。
*
帝国出国前最後の難関である関所についたオレオル達。
本来ならここでもさらに手続き料などと称してお金を取られる。
だが、じいちゃんとガル爺の用意してくれていた書類のおかげで手続きはすんなり終わったらしく、後は通り抜けるだけでいい状態らしい。
オレオルはタリアの街の門でモヤモヤした気持ちになった事から関所でも何かトラブルが起こりそうで怖いなと思っていた。
だから、既に終わっていると聞かされてすごくほっとした。
そしてずっと気になっていたその悩みから解放された事で、初めての外国にワクワクソワソワしながら国境線にある帝国側の関所を通っていると、そこに駐在している兵士に呼び止められた。
「おい! そこのガキ止まれ! 」
これまでタリアの街でも何度もあった自分を怒鳴る様にガキと呼ぶ声。
それと同じ声に俺は内心でうんざりして『またか…』とイラッとした。
どうせろくでもないいちゃもんを付けられるだけなのはわかっていたので無視していると肩をグイッと引っ張られて転けそうになった。
「ちょ、なんですか!? 手続きなら済んでるはずですし、俺これでも成人済なのでガキなどと言われる筋合いはないと思うんですが…」
「嘘ついてんじゃねぇクソガキが! 」
絡まれるのは慣れていたオレオルだったが、兵士の男からかつてないほどに気持ち悪い感じがして一刻も早く兵士の視界からいなくなりたくなった。
オレオルは得体の知れない恐怖に震えつつも、自分は何も違反はしていないと正当性を主張したが肩を掴んでいる兵士の手が緩む気配はない。
「痛いですから離してください! 痛っ、離せ! 」
兵士の様子にさらなる恐怖を感じたオレオルは強い口調でそう言って肩を掴んでいる兵士の手を強引にどかそうとするがなぜか兵士の手はピクリともしない。
オレオルの声で同じように関所を通っていた他の人々が何事だとオレオルに視線をやったのを感じて『これなら下手な事はできないだろう』とオレオルが思っていると別の兵士がやってきた。
「おい、てめえ何一般人に絡んでんだ」
騒ぎを聞き付けてやってきたらしいもう1人のその兵士はそう言ってオレオルの肩を絡んできた兵士から解放した。
それによってそれまでハラハラした様子でオレオルと兵士を見ていた周囲の人々は味方らしき別の兵士がやってきた事で安心しオレオル達から視線を外した。
はたから見ていた人には新しくやってきた一見人の良さそうなこの兵士がオレオルの味方にうつった事だろう。
まずい事になった…
こいつのこの目は味方の目じゃない…味方のフリして助けて周囲の視線をそらす役目の協力者だ…たぶん最初の兵士とグル。
オレオルには後からやってきた兵士の方が気持ち悪く感じた。
「あ? 田舎もんがうるせえな…こいつは違反者なんだよ」
「いや、こいつらは俺がさっき手続きしたから何も違反なんてしてねえよ」
「お前がさっき手続きしたのは大人5人だっただろうがよ! 邪魔すんな! 」
「邪魔すんなも何もそいつが例の書類の持ち主だよ」
オレオルはどんどん増していく嫌な感じに気持ち悪くなってしまいいつの間にか横にいたクロの上着の裾を無意識に掴んだ。
「どうした」
オレオルの様子がおかしい事に気づいていたクロがオレオルの顔を覗き込むと血の気の引いた色をしており、唇はカタカタと震えていた。
「……どっちだ」
これ以上はさすがにまずいかと思ったクロがオレオルにそれだけ尋ねた。
「ど、どっちも…」
オレオルは恐怖で震える声で小さく呟いた。
きっとよくない人達なんだろうと思う。
こんなに気持ち悪い人は初めてだ。
俺を散々いじめて来ていたイェルク達だって気持ち悪いとまでは感じなかった。
あいつらは怖かったけどそれだけだ。
こいつらより全然マシ。
「そうかわかった」
そう言って返したクロの言葉にオレオルは『なんだか俺が感情に敏感な事を知ってるみたいだ』と思った。
なんでだろう…この事はアレクさん達にも言ってない事のはずなのに…
オレオルは不思議に思ったが、『そういえばクロと会ってすぐに【鑑定】らしき行為を受けたな』と思い出し『それかもしれない』と思った。
クロの魔法による効果だろうか、なぜか兵士2人が演技でなく本気で喧嘩し始めたのを感じる。
そして兵士が喧嘩を始めてすぐ『今の内に離れていろ』と言う様にクロが顎でしゃくる様にしてアレク達の方を指し示した。
だから、オレオルはそれに頷いてからアレク達の近くに逃げた。
「大丈夫か? すぐに助けなくて悪かったな」
オレオルが近くに来てすぐ。
頭に手をポンと置いたアレクがそう謝ってきた。
「アレクさん…」
「手続きの時の様子からすんなりとはいかなそうな気がしてたからすぐに気づいて止めようとしたんだが、『実感させておいた方がいい』って言われてな」
「実感…? 」
オレオルはアレクの言葉をクロの言葉だと一瞬で悟って『ふざけんな! 知ってたなら教えといてくれよ!? めちゃくちゃ気持ち悪かったんだけど!!? 』と怒りの気持ちが湧いてくる。
「まあ、俺達もこれまで旅してきて悪い奴らは散々見てきたからな…たしかにそうかもしれないと思ったからそれにのったんだが…」
「ワタシ達もまさかオレオル君がここまでとは思わなかったのよ」
謝ったリリアが「体調は大丈夫かしら」とオレオルの目線までしゃがんで聞いてきた。
「…さっきは吐きそうなくらい気持ち悪かったですが今は見ないようにすればギリギリ大丈夫です」
俺がそういうとアレクさんが俺と兵士達との間に移動して俺から兵士達が見えないようにしてくれた。
視線が遮られた事で気持ち悪さがさらに減り、心に余裕が出てきたオレオルはアレクにお礼を伝えた。
「気にすんな、俺は相手がどんな悪い事を考えてたとしても何も感じないからな」
アレクはそう言ってオレオルから視線をそらすように兵士達の方を見た。
「あ〜アレク照れてる〜」
「うるせぇ! 悪いか! 」
からかってきたセレーナにそう文句を言ったアレクが兵士達に視線を戻して顔を顰めた。
「ここの兵士も質、落ちたな…」
アレクが悲しそうにそう呟いた。
「戦争準備のために一定以上評価されている兵士は中央に強制的に集められてるから、今ここにいるのは逆に評価が低くて中央から辺境の地に飛ばされてきた人達なんだよ」
セレーナがアレクの呟きにそう返した。
「それ事実上の厄介払いなのでは? 」
アントンが呆れたようにそう言って兵士達を見た。
「腐ったお偉いさんも使えない駒はいらないんじゃない? 」
「だとしてもこんなんじゃ仮に戦争に勝てても国内ガタガタじゃない…」
「お偉いさんがそこまで頭の回っていないアホな連中だからなのか、地方がどれだけボロボロになろうが自分達には関係ないと思っているからなのか…どっちにしても馬鹿な選択でしょうね」
「全くだ」
オレオルは4人の話を聞いて『厄介払い…なるほど、だから絡んできた兵士がイライラしてたんだ…』と腑に落ちたが厄介払いされるのも無理ないなとも思った。
こうしてオレオルはアレク達と話す内に平常心に戻っていったが、それと同時刻。
いくらそうなる様に魔術をかけたからとはいえ仕事中に本気の喧嘩をし始めた兵士2人をクロは冷めた目で見ていた。
元々この兵士達がオレオルの目の前で言い合いという名の茶番をし始めた時には【人物鑑定】によって兵士2人の企みを知っていたクロ。
案の定絡まれたオレオルを程々の所で逃がして、アレク達の方にやる。そして、兵士2人に対して魔術を発動させるために頭の中で術式を構築し始めた。
こいつら程度ならもっと楽な姿隠しの魔法でも良かったな…
しかし、こんな兵士しかいないとは…
直接見てなければ信じられなかっただろうな。
そう思い呆れたクロは姿を隠している魔術を保ったまま兵士2人に闇属性の魔術を放った。
姿を消している理由は元々クロが帝国の入国手続きをめんどくさがってしていなかったからだ。
だが、姿隠しをしていた理由は不法入国で捕まるからでは無い。
身分を考慮すると自分が不法入国で罪に問われる事は起こりえないからだ。
もし仮に不法入国がバレても『いらしていたんですか』などと大袈裟に歓迎され逆に出国させて貰えなくなる程には大歓迎されるだろう。
そんな訳で確実に面倒な事になるとわかっていたクロは関所で兵士に見つかるわけにはいかなかった。
だからクロはフィー共々魔術で姿を隠し、オレオル達以外に存在を気づかれないようにしていた。
そしてそんな姿隠しの術だが、かなり高度な技術が要求されるもので、下手な者がやると魔術で気配を消せていても魔術発動中に必ず足元で光る魔術陣で存在がバレる。
クロがそうなっていないのは純粋にクロの技量によるもので常人がクロの様に無詠唱で常時発動していられるかと聞かれれば、それはできないと言わざるを得ないだろう。
各国のトップの魔術師なら発動させる事くらいは出来るかもしれない。
だが、クロのように片手間に維持していられる様な人は世界中を見てもほとんどいない。
この姿隠しの魔術はそれほどに難しい術で、複数の魔法の組み合わせによって実現している。
だから、その様子を少し前からずっと見ていたリリアはその様子を食い入るように見つめていた。同じ闇属性を使う者として少しでも参考にできる所があるならと思ったからだ。
だが、当然ではあるがクロのした事のほとんどを理解できておらず、闇属性が得意だと自負していたリリアは自分が見たことも無いような高度な魔術に興奮し、平静を保つのが大変なほどだ。
「フィー、こいつら2人の幸運な未来との繋がりを全部切ってやれ」
「ピィ! (わかった! )」
クロの指示を受けて力強く返事をしたフィーは2人の兵士達から何かを吸い取った…ように見ていたアレク達は感じた。
「ピピィ…(こいつらのきらい…)」
「それならそこら辺を歩いてる冒険者共に適当に幸運つけて吐き捨てちまえ」
「ピィ…(そうする…)」
フィーがげんなりした様子でそう言ってひと鳴きした。
すると今度はフィーから何かが出ていってオレオル達と同じように関所を通っていた冒険者達に吸い込まれてそのまま消えていった。
そしてそれを見届けたクロがさらに続けて元凶の兵士2人にとどめとなる<記憶改変>の高位魔術を放った。
クロから放たれたその紫色の光を浴びた兵士2人が先程までオレオルに絡んでいた事などまるで覚えていない様子で突然キョロキョロとし始める。
そして辺りを見て何かを思い出したのか通常の業務に戻って行った。
「今の…闇属性の複合魔術よね? どんな暗示をかけたらああなるの…? 」
それを見ていたリリアが思わずあの兵士達に何をしたのかを聞いた。
「…簡単に説明すると『今日手続きをした冒険者達の中に子どもの姿をした者はいなかった』という暗示をメインに他にもいろいろと記憶をいじっておいた」
クロはサラッと言っているが『これはそんな簡単に出来ることではない』とリリアは思った。
闇属性が得意だと自負している自分ですら、何をしたのか聞いてなお、真似するどころか術式の理解すら追いつかない様な術だからだ。
「アイツらが今日の事を覚えてなくて上司に叱られる事はあるかもしれんが、この術で起こりそうな事はそれくらいだ。これでそちらのお嬢さんが追手を差し向けられることも無くなっただろう。」
クロは微笑んでからそう言うと、その微笑みに思わず頬を染めたセレーナと魔術についてさらに詳しく聞きたそうなリリアの返事を聞かずにスタスタと関所の出口に向かって歩き始めた。
*
関所を通り抜けてゴルゴン帝国領からザリニア王国領へと入って少し。
街道沿いに少し進んだ所で街道の脇に開けたスペースを見つけ、一行はその広場で昼食をとる事になった。
調理担当は迷惑をかけたお詫びにとオレオルが自らかって出た事で担当する事になり、マジックバックの中から取り出された山のような食材達に周囲で昼食をとっていた他の冒険者達の目が点になる。
メニューはバーベキューの際にオレオルが1人で大量に平らげたファイヤーオストリッチのステーキと野菜を挟んだサンドイッチだ。
あの時と同じ物なのはすぐ真横が街道という事で道行く人からの視線がある事、また、昼時と言う事で道行く人以外にも広場内にも人が多くいて長時間場所を占拠する事ができそうにないために、本格的な調理ができなかったからだ。
「これってオレオル君が山盛り作って食べてたのと同じやつ? 」
セレーナさんがキラキラした目で俺を見てきた。
「はい、作り置してるものですぐにできるものだと、どうしても同じものになってしまって…」
本当は俺が食材抱えたまんま寝てしまって起きなかったせいで苦労かけてただろうから美味しいものをご馳走してあげたかったんだけど…この人だとさすがに無理そう。
「ううん! ぼくあの時はお腹いっぱいだったから無理だったけど、美味しそうだったから食べたいと思ってたんだ! 凄く嬉しいよ! 」
「そうですか? それならよかったです」
オレオルは簡易テーブルの上にロングバケットサンドののった大皿を置いた。
「おお、美味そうだ! 」
「ファイヤーオストリッチのステーキを挟んだバケットサンドです! たくさん作ったので好きなだけ食べてくださいね! 」
「おう! 」
4人がそれぞれサンドイッチを手に取って食べ始めたのを確認したオレオル。
テーブルから少し離れた所でフィーにシードミックスをあげているクロにバケットサンドを持っていった。
「クロ、お前の分…足りなかったら俺に言うかテーブルまで取りに行ってくれ」
俺がそう言ってバケットサンドがのった皿を渡すと、クロは何にびっくりしたのかわからないがきょとんとした顔でバケットサンドを見た。
「ん? どうかしたか? サンドイッチ好きじゃなかった? 」
「……いや? 普通に好きだぞ、今びっくりしたのはただ懐かしい言葉が書いてあっただけだ」
「懐かしい言葉? 」
クロはバケットサンドをオレオルから受け取ってすぐ【鑑定】をしていた。
そしてその時鑑定結果に出てきた『ダチョウ肉』という言葉を見てその言葉を『故郷の言葉なの』と言ってよく使っていた人物を思い出し、懐かしさと嬉しさで微笑んだ。
オレオルはクロが絶対しないだろうと思っていた優しい表情を見てびっくりしてクロをじっと見た。
「あ? なんだ気になるか? 」
「……少し」
聞かれたので嫌な予感がしつつもオレオルが素直にそう答えるとクロはニヤッと笑った。
「そうか。まあ教える気はないがな。」
「はぁ? じゃあなんで聞いたんだ!? 」
「気分だ」
「なんだそれ! 」
オレオルはクロが作っている表情ではなく本当に心から笑っていたのでなぜか気になったが、こちらをバカにしているとしか思えないクロの返事を聞いて急にどうでも良くなった。
「はぁー真面目に聞いて損したわ! 」
オレオルはぷりぷりと怒って自分も食べようとテーブルの端に置いておいた折りたたみ椅子に座った。
………
……
…
「……あいつと一緒で、そばにいて飽きねえ、愉快なやつだ」
さっきまであんなに怒っていたのに、もうそれを忘れた様子でサンドイッチを頬張ってだらしなく頬を緩ませているオレオルを見て、クロは『そういう所もそっくりだ』と思いご機嫌でそう呟いてサンドイッチを口に運んだ。
「………………なんか味まであいつが作ってたやつに似てるな…偶然か? それとも…いや、まさかな」
かつての旅仲間を思い出してオレオルを観察しながらバケットサンドを食べていたクロは見る見るうちに無くなっていく山盛りだったバケットサンドを見て思わずつぶやいた。
「食い意地が張ってるところもそのまんまか…」
クロは当時スピカにされた数々の無茶振りを思い出して遠い目をした。
近い将来、オレオルからも似たような無茶振りをされる様な気がしたからだ。
こういう勘は外れた事が無い。
「………もしそうなったら、そん時はあの引きこもりに手伝わせるか」
クロは当人が聞いていたら『ふざけるな』と怒鳴られそうな事をつぶやくと必死にシードミックスを食べているフィーと早くも半分をお腹の中におさめたオレオルを見た。
「お前らよく食うな…」
「ピィ? (だっておいしいよ? )」
「そうか…それはよかったな」
クロは元からそばにいた食いしん坊を見て自分はそういうやつと何かと縁があるらしいなと思った。
*
みんながバケットサンドを食べ終わって談笑し始めた頃。
オレオルも山盛りのバケットサンドを食べ終え、リュックからアッペレ(りんご)を取り出した。
このアッペレ(りんご)…シイタケがたくさん生えてたところの近くでとったやつだし念の為に【鑑定】しとこうかな。
【鑑定】!
───────────
[アッペレ]
魔素によって変異しているがりんご。
赤い実が特徴。
───────────
おお!
食材系アイテムなのに鑑定結果おかしくなってない!
「懐かしの何一つ追加知識の得られない鑑定結果! おかえり! 」
久しぶりに何の意味もなさそうな普通の結果を見たオレオルがそう叫んだ。
「何アホなこと言ってんだ」
オレオルが感動に打ち震えているとクロの呆れ声が後ろから聞こえてきた。
クロのその声でようやく『よくよく考えてみると俺そうとう変な事言ってなかったか? 』と思い至る事ができ冷静になったオレオル。
自分がアホでは無い事を証明するためにクロにここ数日鑑定結果がおかしくなってた事を話した。
「鑑定をしていく度にどんどん変になってる気がして怖くなってあんまり鑑定しないようにしてたんだけど、これは自分以外にも食べてもらうやつだから…」
オレオルはそう言って今鑑定した理由を説明してからバーベキューで起こしてしまった爆弾しいたけ殺人未遂事件をクロに話した。
「…そのしいたけを見せろ」
「え、しいたけ? 別にいいけど…」
オレオルの事を呆れ顔でバカにするように見ていたクロが急に真剣な顔になって『見せろ』と言ってきたのでオレオルは戸惑った。
だが、見せるだけなら何も問題ないと判断しオレオルはおやつ代わりに食後に食べていた焼きしいたけの残りが入った容器を取りだ──
「うぉ!? 」
オレオルは想定外の事態に手に持っていたしいたけの容器を落としそうになった。
なぜなら数日前と変わらないもののはずなのにまるで別物のように感じたからだ。
シイタケが発している魔素というか魔力というか…それが濃すぎる影響だろうか…?
ただあるだけですごい圧を感じる。
正直怖いのでこれ以上近くに置いておきたくないという気持ちしか湧かないレベル。
え、俺…これ──
「食べてたの…? 」
オレオルが呆然と呟くとオレオルの横から声がした。
「ソレのやばさにやっと気づいたのか…」
「全く気づいてない様子でしたからずっと気づかないままなのかと思ってましたが…今ですか…」
呆れたようにそう言う2人をみてクロが「やはりそうか…」とひとり何かを納得した様子でつぶやいた。
「なにがやはり? 」
「いくつかあるが…まず、お前の鑑定結果が変に長くなってたって言ってたろ、その原因だな」
「え! シイタケ見ただけなのに何かわかったの!? 」
オレオルがびっくりしてそういうとクロは逆になぜわからないのかわからないという顔で見てきた。
「それだけじゃねえ…他にも、お前が寝てる時にあいつらが話して来たから知ってるが…水が短時間、お前の魔力に触れてただけでやばい変化して件や、食べても食べてもお腹が空いた件…あげればキリがねぇが…」
そう前置きしてからクロは言葉を続ける。
「それら全部、お前の魔力が暴走してた事が原因だろう」
え
「ぜんぶ…? 」
「全部。」
オレオルが信じられなくて聞き返すと即答でそう返された。
「ほんとうに? 」
「嘘ついて俺になんか得があるか? 」
………ない。
「じゃあこれからはアイテムが勝手に危険物になったりもしない? 」
「危険物ってなんだ」
「これ…」
オレオルはリュックから[はじけプリカ火薬瓶(特上)]を取り出した。
「……錬金物、じゃねえな…なのにソレか…」
クロはそう言ってからオレオルの持つ瓶をじっと視た。
「それはお前の魔力暴走で垂れ流しになってた大量の魔力に群がった精霊達の悪ふざけの産物だな」
「わ、悪ふざけですか…」
「あいつら集まるとろくな事しねえからな」
「ろ、ろくな事ですか…? 」
戸惑うアントンさんの声にリリア達にはアントンの常識が壊れている音が聞こえた様な気がした。
「まあだが…元々あいつらは街の中よりこういう森の中の方が個体数も多ければ、同じ個体であっても自然に囲まれた場所の方が力も出しやすい」
クロいわく精霊達は街中では力のほとんどを出せないのばかりらしい。
「それは(私の常識でも)そうですね…私の契約精霊達も街中ではあまり棲家である契約石から出て来たがりませんから」
「精霊達ってどこでも無邪気というか…はしゃいでる印象しか無かったんですけど、そうだったんですね」
俺の周辺では今まで精霊の存在を信じてない人達しかいなかった。
それに、精霊の存在を普通に知ってたじいちゃん達も精霊を感知できる事は周りには絶対にバレないようにしておけって言ってたくらいで、詳しくは無いと言っていた。
ハイエルフのフィナ婆ちゃんと会ってた頃はまだ幼くて精霊の存在を認識し始めたばかりだったから聞くことは出来なかった。
だからこれまでなかなかちゃんと話を聞ける機会がなく、俺は精霊についてはほとんど知らない。
アントンさんがこの先ずっと一緒ならそのままでもいいのかもしれないが、アントンさんとはずっと一緒というわけにも行かないだろう。
だから今を逃すと次いつ聞ける人に会うかわからない。
一緒にいる今の内にアントンさんにいろいろ精霊について聞けたらいいなと俺は思った。
本当は一瞬だけクロに聞こうかなとも思ったが、さっきのクロの話を聞いてそれはやめた。
クロはダメだ。
俺が知りたいのは一般常識なんだから。
クロの話は一般常識では無い感じがするし、聞きすぎると夢とか希望とかそういうのがどんどん壊れそうな嫌な予感もするから、むしろ必要に迫られるまで聞きたくない。
レアケースなんて遭遇してから聞くくらいできっとちょうどいい。
契約がある以上ずっと一緒に居ざるを得ないんだしさ。
というか本当にずっと一緒にいるしかないのかな。
契約どうにかして解除できたりしないかな。
いや、まじで。
オレオルはそんなどうにもならなそうな事を考えつつシャリショリとアッペレ(りんご)の皮を剥く。
そしてその剥き終えたアッペレをさらにフィー用に小さくカットして小皿にのせた。
「はい、どうぞ」
「ピ! (ありがと! )」
フィーは嬉しそうにひと鳴きしてから嘴でアッペレ(りんご)をつつき始めた。
「ピィ〜(おいし〜)」
幸せそうにアッペレ(りんご)を食べているフィーにオレオルも幸せな気持ちになりつつ、クロとアレク達にも切ったものを持っていく。
「ありがとな」
「こちらこそいろいろとありがとうございます」
「………なんの事かわからねえな」
アレクさんは照れくさそうにそう言って笑うとアッペレ(りんご)を1切れとって口に入れた。
「おお、美味いなこのアッペレ」
「これシイタケの近くでとったやつです」
俺がそう言うとアッペレを食べるアレクの手が止まった。
「あ…あの木でとったヤツか…」
アレクがそう言ってじーっとアッペレを見た後に再び口に運んだ。
そんな恐る恐る食べなくても大丈夫なのに…というか既に1切れ食べた後でそれするのってものすごくマヌケに感じる。
「美味いじゃねえか…くそ」と何故か悔しそうにつぶやく声が聞こえた。
なんでこんなに悔しそうなんだろう…オレオルはそう思いつつアッペレ(りんご)を1切れ口に放り込んだ。
「あ、これ本当に美味いやつだ」
オレオルは口いっぱいに広がるアッペレ(りんご)の甘みと酸味に思わず笑顔になった。
^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─^─
お読み下さりありがとうございます!
新1話でもかるく触れましたが、この作品における魔法とは『何かを燃やす』や『水で何かを流す』などの単体の動作を起こすモノを指し、魔術とはその魔法を組み合わせてひとつの動作を起こすものを指します。
オレオル君はまだその違いを正しく理解していないので、本編では曖昧なままですが…
この世界における魔素、魔力、魔法、魔術の詳しい説明は本編でその事に触れるその時にクロが説明してくれるでしょう。
また、この話では、アレク達とオレオルの距離感と
クロとオレオルの距離感と、アレク達とクロの距離感。
この3つを意識してこの話を書いたつもりです…
でも、思った通りのものを文字にするのはなかなか難しいですね。
上手く伝わっていたらいいな、と。
この話くらい長いと誤字脱字してる気しかしないので例によって数日後とかにこっそり修正してるかもしれません。
そして、なぜか本作にシイタケが度々登場してますが私の一番好きなキノコは舞茸です(どうでもいい情報)
2023/11/11
行間を空け、1文1文を短文化しました。
逆に読みにくかったら優しい方教えてください…
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