第21話 はりきる"十字架ちゃん"と浄化

 あれから5人はひたすら湧き出続ける魔物とただただ戦った。

 なぜなら、魔力の淀みでできた沼は魔物を生み出し続けると生み出したその魔物の強さの分だけ弱まり小さくなるという特徴があるからだ。


 だがどれだけ湧き出る魔物の群れを浄化して倒しても、一向に元凶である穢れた魔素の沼に変化が起こる様子は無い。

 普通ならばこれだけ魔物を消せば、規模が小さくなったり、穢れた魔素の濃度が薄まったり何かしらするはずなのにだ。


 最初に集落跡に爆発をしかけた時はまだ低かった太陽も、今ではすっかり真上をすぎようとしている。


「キリが、ねぇ!! 」


 オレオルに聖属性付与をしてもらった大剣で魔物を切って消し飛ばしながら、アレクがボヤいた。


「セレーナ! 一度仕切り直したい! 」


「りょー、かいっ!! 」


 セレーナはすぐ様十字架に魔力を込めると、声と同時にその場に突き刺した。


「十字架ちゃん! 【邪物遮断】! 【聖浄化結界】! 」


 セレーナの十字架から2回、魔力が波動のようになって周囲に広がり、半径5メートルのとこで止まった。


 どうやらあそこが結界の境目らしい。


「長時間はまだ持たないよ!」


 セレーナが大きなオークに切りかかろうとしているアレクに向かって叫んだ。


「じゅうっ、ぶんだ!!」


 結界内に残っている最後の大きな魔物であるそのオークを消し飛ばしながらアレクがそう返した。


「結界内の大物はこれでいなくなった! あとは各自、付近のザコ掃除をして集合だ! 」


「りょーかいっ! 」

「わかったわ! 」

「わかりました」

「はい! 」


 3人がアレクに返事をしているのを聞いてオレオルも返事をした。


 最初こそ、痛いのが嫌で戦わなくて済むならそのまま大人しく守られていたかったオレオルは手を出していなかった。

 だが、スライムを殴り消した事で、かなりのゴリ押しではあるが聖属性魔力で浄化する事で、魔物相手ならばそこそこ戦える事がバレてしまった。

 そのため、想定以上に大規模だった事もあり、オレオルもすっかり戦闘員として数えられてしまい、魔物殲滅に参加するはめになっていた。


 だからオレオルもアレクの指示通りに安全を確保する為に動いた。

 これまでにオレオルは何度も両手に回復魔法をかけながら、素手で魔物を殴り続けている。

 そのせいで、回復魔法の効き目が悪くなっているのか、拳は何もしていなくても痛み始めている。

 それというのも、魔力操作がお粗末過ぎるあまり、何度も必要以上に膨大な量の魔力が使われた魔法に晒されている両手が悲鳴をあげているせいなのだが今はそれでも使うしかないので我慢するしかない。

 オレオルは旅の目的に『自分の攻撃時の魔力に耐えられるグローブ探し』も加えようと強く決意した。

 そしてもう何度目かわからない回復魔法を拳にかけつつ近くにいる魔物に近寄ると、スライム、オコッコ、ウコッコ、ワードックをそれぞれ殴り飛ばして浄化させた。



 *



 あれからすぐ、無事、結界内の魔物を殲滅し終えた5人は"十字架ちゃん"の刺さっている結界の中心に集合していた。


「ふぅ…これでしばらくはここが安全か? 」


「そうだね…ちなみに制限時間はあの境目の光が徐々に小さくなるから、それがそのまま効果時間! 」


「そうなの、分かりやすくていいわね」


「でしょ! 」


「という事はこの結界の効果時間以内にこれからどうするかを決めないといけないわけですね」


「そういう事だな」


 そう言ったアレクを最後に静かになる周囲。


 前にヒルダばあちゃんに無理やり連れていかれた淀みはここより小さく穢れた魔素の霧も薄かった。

 その時のと比べて、規模だけで見るとここは二倍ほど大きい。

 それなのに沼の弱まるペースを比べるとここはその時の約五倍はかかっているように感じる。

 という事はそれだけ穢れが濃いのだろう。


 小さな淀みのその五倍というと大したことないように感じるかもしれないが、あの時はその小さな淀みの対処すらかなり大変だった。


 なんと浄化にはあのヒルダばあちゃんが時間にして1時間以上もかかった。


 要するに単純に考えただけでも、セレーナ曰く神聖国の教皇様だというヒルダばあちゃんが1時間以上かかった淀みの五倍は時間がかかるという事になる。


 それをふまえるとあとは推して知るべしだろう。


 そんなここのさらなる厄介な所はここのようにある程度以上の大きさの淀みになっていると、ある日突然その生まれた魔物がさらなる淀みを生み出すようになり、急激に穢れは拡大する場合がある。


 ここの淀み沼はその1歩手前で、ちょうど力を蓄えきっていたタイミングだったのではないかとオレオルは考えていた。


 さっきから魔物を倒しても倒しても変化がないのは蓄えている力が大きすぎるのが原因だろう。

 ここまで悪化していたのになぜ国は放置していたのか…


 じいちゃんが亡くなってからこっち帝国の嫌な面を立て続けに見ているせいか、帝国上層部の尻拭いをしているとも言える今の状況に『ふざけんな』という気持ちも湧き始めている。

 だけど、逃げるように旅に出たとはいえタリアにはガル爺を筆頭に親しくしてくれていた人が今もいる。

 放置しておけばその人達が大変なことになるかもしれない。

 だからこの淀み沼は放置しておけない。


 先程まで怖いと思っていたのは嘘では無いし、今も怖い。

 ここの魔物は他の所でこれまで会ってきたどの魔物より気持ち悪い感情が渦巻いており、そのせいでおぞましい感覚が常にしているから…

 できることならそんな存在には近づきたくなかったし、俺は生産職だから戦闘に関しては多少できるが専門外だからやらせないでくれとも思う。


 本音を言えば、正直俺は手がもう限界に近いので逃げれるなら今すぐにでも逃げたい。これに尽きる。

 でも、ここの穢れが想像以上に酷い状態である以上、そうも言ってられないので頑張るしかない。


 そしてそんな気持ちで戦っているので、こんな状態にもかかわらず今なお放置し続けている帝国上層部に苛立ちを感じずにはおれない。

 ここまでなっているのに黙っている理由なんて俺には想像もつかないけど、どうせろくな事じゃないだろうし、帝国に住む人の為にならない事だけは確かだろうと思う。


 だってこれ以上悪化すると、今度はこの充満した穢れが土地全体に広がり、『穢れた地』として確立してしまう。

 そうなると魔力の低い人は立ち入っただけで魔人化して暴走してしまう。


 そして、ここの厄介さはそれだけでは無い。


 開けた場所というのは浄化効率にも影響する。

 こもった場所の方が周囲に魔素を充満させた上で留めておきやすいので浄化もしやすい。


 そういう意味でここの立地は最悪だった。


 そしてさらに言うなら、開けた場所なために、魔素が濃くなりきれずダンジョン化もできない点も問題だろう。


 1度ダンジョン化してしまえば、そのダンジョン化で蓄えられた穢れた魔素がある程度消費される。

 そして、残りの穢れた魔素もそのダンジョンの維持に増加分含め回される様になるため、人でも魔人化せず立ち入れるようになる。

 ダンジョン内の魔物がダンジョンから溢れ外へ出てきて村や街を襲う、『スタンピード現象』は恐ろしいが、ダンジョン化してから何年も放置し続けない限りそんな事にはならない。


 それにダンジョンはダンジョンコアというダンジョン最奥にある核をこわせば自動的に消滅する。

 だから、ここがダンジョン化出来そうな場所であったなら、そうなってから人を派遣し、ダンジョンを攻略、消滅させればいいだけだった。


 ダンジョン1つを攻略するのはかなり大変ではあるだろうが、ここまでなってしまったのならば、この浄化ペースを見るに、もういっそダンジョン化してくれてた方が楽なんじゃないかとも思う。


 まあ、ここの魔物は感じる感情が他と比べておかしい上に、かなり穢れた魔素の濃度も高いので、楽にクリア出来るダンジョンができる保証もないけど…


 しかし、ダンジョンが生み出すのは何も災難だけでは無い。

 もしここにダンジョンが出来ていて、それを上手いこと利用出来ていれば、ダンジョンから出るアイテムなどでタリアの街はもっと便利になっていた…かもしれない。


 上手く利用できないと大変な事になるので大変ではあるだろう。

 でも、この世界にはじいちゃん曰く様々な種族がいる。

 これまでに出来たダンジョンの内、攻略できなかったものはひとつもなかったらしいので、最悪、冒険者ギルドを通して、他国の者にも救援要請を出せば、出来たダンジョンに相性のいい戦力を持ったどこかしらの強者がやってきて助けてくれてもいただろう。


 これ以上の事については長くなるのでここでは割愛するが、今のここはそれこそ俺のような魔力量がバカみたいにある人でもいないと浄化できないように見受けられるので、どんな対応をするにせよ放置していた国には不信感を感じざるを得なかった。


「あの黒い沼を何とかしないとまだまだ永遠に出てきそうですね…」


 オレオルはこの淀み沼に関して、先程まであれこれ考えるのをやめて口を開いた。


「ん? オレオル君淀みの浄化経験あるの? 」


「はい…不本意ながら前にヒルダばあちゃんに連れてかれて一度だけ」


 あの時はこんな怖い淀みになんて二度と近づくもんかと思ってたのになぁ…わからないもんだ。

『人生何が起こるかわからんぞ』とじいちゃんが言ってたのを今更実感してる。 勘弁して欲しい。


「この感じだと、これを放置すると穢れがタリアの街までいくわよ」


「そう、ですね…」


 オレオルはリリアの言葉に同意しながら、タリアの街にいるお世話になった人を思い浮かべる。


 その人達のためにも絶対にどうにかしないといけない。


「セレーナ、あれを浄化…いけるか? 」


 アレクがそう言ってセレーナに尋ねた。


「うーん…十字架ちゃんすごいしできなくはないと思うけど、ぼくの魔力が持つかが微妙だと思う」


 セレーナさんは魔力がそこまで多くないらしく、あの規模の淀み沼を浄化しきれるかは怪しいとの事だった。


 そうだろうなぁ…

 あの時…あの帝国領土内、南の国境近くの淀みの時も土地が開けていた。

 そのせいで魔力の多いヒルダばあちゃんが2回にわけないといけないくらいには大量の魔力を消費した。


 いくらあの時とは違って専門の聖遺物があると言ってもセレーナさん1人だけでそう簡単に行くはずはないだろう。


 俺が手伝う。

 これしかないよな…


 これまでに魔力が足りなくて困ったという事が無いから自分の限界値がわからない。

 足りそうとも何となく感じているが、確証もないので不安は拭えない。

 けど、セレーナさん除く3人の魔力量ならこの中で1番可能性があるのは俺だろう。


 今の情勢で国に報告してもうまく転ぶ感じがまるでしないし、消すしかないなら自分の魔力量の多さに賭けてみるしかない。


「あの…でしたら、俺の魔力も使いますか? 」


 俺がセレーナさんに魔力をあげればあの時のばあちゃんと同じ事ができるはずだ。


 魔力回復薬も持っているが魔力回復薬は飲んで直ぐに回復するようなものでは無い。

 セレーナさんが魔力を回復しながら浄化をやるにはこの穢れは規模がでかすぎる。


「そちらの聖遺物には確か触れたものの魔力を使用者へと還元する力がありましたよね? 」


「ある、らしいね…うん、悪いけどお願い出来る?

 」


「はい、自分から言い出した事ですから当然いいですよ」


「こんな事になってごめんなさいね…」


「いえ、謝らなくて大丈夫です…俺にしかできないでしょうから…」


「よし、じゃあ、一発でかいのぶちかましてやってくれ! 」


「はい! 」


 こうして、オレオルが自身の魔力を聖遺物を通してセレーナに譲渡する事で浄化を実行する事が決定した。



 *



「アレクはああいってたけど、無理はしなくていいからね? 」


 浄化のための準備をするために結界を解いた後、リリアがそういってオレオルを心配する。


「そうだな、無理なら別の方法を探せばいいし、なんなら俺達もお前さんよりは少ないがそれなりに魔力を渡せる」


「はい、わかりました」


 みんなは心配そうにしているが、まあ…何となくいけそうな感じはしてるし…大丈夫だと思う。


 大丈夫だよな?


 早く終わらせて、今晩はゆっくり寝よう!

 そうしよう。


 オレオルはそう決意し、淀み沼の近くで【浄化】をしようと"十字架ちゃん"に魔力を流しているセレーナの近くに近寄った。

 セレーナが十字架ちゃんを地面から抜いた事で結界がなくなったが、魔物達はセレーナの纏う聖属性の力と聖遺物を恐れて元から近づこうとしていないので結界が無くても、セレーナの近くならば襲われる心配はない。


 さっきまでセレーナは縦横無尽に駆け回り魔物を殴り消し続けていた。

 そのため、とてもではないが近くにはよれなかったオレオルだったが、今はそうでは無い。

 だからセレーナの近くは魔物に襲われないという点においては今一番安全と言える場所だった。


 こうして邪魔されること無く、セレーナと一緒に淀み沼の中心に近づいていくオレオル。


「うえぇぇ…気持ち悪い感覚だね…」


「はい…身体中にまとわりつかれているような感じがします」


 淀み沼の中心に近づいていくと、魔物には襲われないが、近づくたびに身体が重くなったような感覚が強くなっていくオレオル。

 その感覚にまずいと感じたオレオルは自分が穢れた魔素に汚染される前に自身の魔力を強めて全身に纏った。


 すると手は少し傷んだが、たちまちそのだるさが消え身体が軽くなっていく。


 うん、これなら大丈夫だ。


「この辺でいいかな! 」


 もうこれ以上は無理そうだと判断したセレーナが立ち止まった。


「やるよ! いい? 」


「はい!」


 オレオルの返事を聞いたセレーナは魔力を込めた"十字架ちゃん"をどす黒い沼に突き刺した。それだけで突き刺した所のどす黒い魔素の塊だった液体のようなナニかがジュッという音と一緒に浄化されて消滅した。


 すごい…


「十字架ちゃん! 【浄化の聖光】!! 」


 セレーナがそう言った瞬間、地面に突き刺さった大きな十字架から眩い光が放たれた。



 ジュワァァァァァ…



 シュワァァァァ…



 強い銀色の輝きが"十字架ちゃん"を中心にじわじわと周囲に広がっていく。


「っ、オレオル君! やっぱりぼくだけの魔力だと足りそうにないからお願いっ! 」


 セレーナさんの余裕のなさそうな声がしてすぐ。

 オレオルは地面に突き刺さっている十字架に触れた。


 グンッ。


 オレオルが魔力を流すのを開始した途端、銀色の輝きが周囲を浄化する速度がはねあがった。


「おおぉ!? す、すごいね…」


 今までとのあまりの違いに思わずセレーナがつぶやいた。


「じ、自分でも…びっくりです」


 なんかその聖遺物が急に元気になってやる気を出したような…?

 なんかうまく言えないがそんな感じがした。


 前にヒルダばあちゃんのアーティファクトに魔力の補充をさせられた時はこんな事なかったけど、今のこれは聖遺物だからなのか…それともここ数日のいろんなイレギュラーと一緒の原因によるやつなのか…


 うーん、どっちかわからない。


「何はともあれ思ったよりも早く終わりそうで良かったね」

「は、はい」


 オレオルはセレーナにそう返し、浄化されていく淀みと穢れを眺めて、爽快な気持ちになるのと同時に、自分にもわからない自分の力に少し怖くもなった。



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