2-5 他人とは思えなくて

 コハルがフェーゲライン愛嬢希望学園に入学してから四日目。

 ようやく60分×6時間の授業編成にも慣れてきたころだったが、今日と言う一日はまだそこで終わってはいなかった。

 コハルには、とても勇気を出して取り組む課題があった――部活動見学である。もちろん陸上部一択だった。

 フェーゲライン愛嬢希望学園では、どの部活も夏に、ドール育成機関同士で争う大会に出場することになっている。……もっとも、対戦相手はわずか2校しかないが。


 ホログラムで生成された青空の下、屋内とは思えないほど広い競技場が広がる。

 新入生は全員貸し出されたユニフォームを身に着けて一列に並んでいる目の前で、スイレンが宙を舞った。

 新入生たちが黄色い歓声を上げ、スイレンはそれに対し上品な一礼で応じる。コハルはまた、スイレンが自分とだけ目を合わせた気がした。……気のせいかもしれない。


 その後、新入生たちはそれぞれ一人ずつ上級生とペアになり、練習を体験することになる。競技の前に、まずはウォームアップからだ。

 生徒たちが入り混じり、上級生が気に入った新入生に声をかけていく。


 スイレン先輩と一緒が良いな……ああでも。


「そんな図々しいこと言えないよぉ……。」


 スイレンは他の多くの新入生にも人気があるのは明らかだ。コハルだけがわがままを言う訳にはいかない。


「コハル。」と、不意に後ろから声がかかった。


「はい?って……えぇ!?スイレン先輩!?」


「また会えてうれしいわ。あなた、陸上に興味があったのね。」


 スイレンが穏やか笑みと共に、すっと歩み寄ってくる。


「あ、はい。その…………わ、私もっ、スイレン先輩みたいにか、かっこよくなりたいなって、思ってて!」


 コハルは今表せるだけの想いを精一杯言葉にして伝えた。


「あらそう、それは光栄ね。」


 スイレンは謙虚に社交辞令的な言い方をしながらも、素直に嬉しそうに頬を緩めていた。


「せっかくだから、今日は私が指導してあげるわ。」


「え、えっと……ほ、ほんとに、私で良いんですか?」


 願ってもない提案に、コハルはたじたじになった。


「アハハ、何言ってるのよ。」


「だ、だって、他に私より優秀な人も、いっぱいいるはずなのに……。」


 参加希望者の事前情報で、ある程度これまでの運動成績などは把握済みのはずだ。


「うーん、そうね。なんていうのか…………あなたにはポテンシャルがある気がするの。」


「えぇっ!?わ、私がぁ!?」


 スイレンはそれらしいことを答えたものの、自分でも少し違和感があった。


 この子の何が、そんなに特別なのかしら…………。


 どうにも初めて会った時から、他人とは思えない不思議な親近感があったのだ。だが、その正体はよくわからない。

 きっとその答えも、一緒に練習をしていれば分かるかもしれない。そんな風にスイレンは、珍しく合理性の弱い理由で自分を納得させた。


「取り敢えず、まずはウォームアップね。軽くストレッチしてから走りましょう。」


「は、はい……。って、え、あぇっ?」


 スイレンは当然のように、コハルの手を取って歩き出していた。コハルは汗のにじんだなめらかな手の感触に動揺し、数歩歩きだすのが遅れてしまう。


「あら、ごめんなさい……嫌だったかしら?」


「い、いいえ。別に……。」


 ……今私、どうして…………。


 スイレンは自分が無意識にとった行動に困惑した。あまりにも、慣れた動作として違和感なく手を握ってしまったのだ。


 一方のコハルは、スイレン以上に動揺していた。さっきからただでさえ二人の距離が近い。しかも、お互いこんなに露出度の高い格好なのだ。なんとなく、これ以上近づいたり触れたりすることがためらわれる。


「…………その、練習する時、部員同士のスキンシップは、よくあることだから……少しずつでいいから、慣れていきましょう?」

「はい……。」


 コハルは分かりやすく顔が赤くなってしまい、二人して気まずくなってしまった。

 

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8/18 追記

他校の存在についての描写を加えました。特に本筋とは関係ありません。


 

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