2-3 教室の中の個性 

 ――そう決意したコハルの、学園生活2日目。


 一時限目のHR。学期の予定や課外活動の紹介などに加え、改めて自己紹介と交流の場があった。


 コハルは全ての生徒達と、滞りなくにこやかな会話を交わすことができた。だが、気が合う人がいるかどうかはよくわからなかった。

 誰もが「広く浅く」当たり障りのないコミュニケーションを行う中で、コハルはその雰囲気に合わせすぎたらしい。コハルはお互いの共通の趣味や特技などから盛り上がるなど、一歩踏み込む会話ができなかったのだ。きちんと笑顔を交わすことができた生徒は何人かいたが、本当にそれで良かったのか不安になってしまった。

 

 そして二時限目。初の本格的な完全講義形式の授業は、幾何だった。いきなり、コハルが一番苦手な数学系の教科だ。

 担当教員はアンドロイドだが、極めて親切にわかりやすく、誰もが聞き取りやすいペースで解説してくれる。してくれる、のだが。


『それでは、ここまでのところで何か質問はありますか?』


 優し気な成人女性の声で、丸みを帯びたフォルムのロボット教師が問う。


「えっと……ここまではわかって、これも解ける、けど、でも、これは……。ええっとえっと。」


 コハルはまたしてもぶつぶつと口に出しながら、疑問を何とか言葉にしようと奮闘していた。

 コハルにとって数学と言うのはいつもこうだ……特に幾何は。説明されたことはわかる。でも、なぜか解けない。何かが違う、と感じるのだが、それを言葉にできない——


「はい、質問です。」

『はい、アルマさん。どうぞ。』

「ここの三角形AとBの相似と言うのはつまり、さっきの問題でできた○○の△△と同じ——」


 眼鏡をかけた茶髪で真面目そうなドールが、よどみなくメモしておいた質問を読み上げる。


 待って待って待って……!


 コハルは自分の考えに没頭している間に、違う人の質問を聞き逃してしまっていた。教師が何か答え始めるが、文脈を欠いたそれはコハルには全くわからなかった。


 コハルは慌ててコンソールの発現履歴を確認する。そうしている間に、最初に自分が抱いていた疑問は頭から消えていく。


 そうこうしている間に、練習問題の時間になってしまった。


 どうしよう、全然わかんないよ~……。


『それでは、誰かここの問題がわかる方はいま』「はいはーい!アタシわかりまーすっ!」


 大勢が手を挙げる準備をする中で、一人だけフライング気味に元気よく身を乗り出すドールがいた。


『はい、キャサリンさん、どうぞ。』


「へ、一番乗りもらったぜっ!46度です!」


『正解です。さすがはキャサリンさん、意気込みが素晴らしいですね。+1点です。』


「おっしゃ、合ってた!さすがアタシ!」


 キャサリンと呼ばれた少女は、緑色のポニーテールを振り回しながらガッツポーズを取った。それを見て隣の列の生徒の一人が眉を顰める。


 あの子、そう言えば……入学式の時も目立ってたな……。


 コハルは心の中でつぶやいた。キャサリンは入学式の最中、コハルの前方でずっと足を組み続けており、奔放そうな印象があった。実際、自己紹介も主張が強かった。


『それでは次の問題。これは少し難しいですね。分かる方はいますか?』


今度は、ほとんどの人が手を挙げなかった中、キャサリンと同じくらい素早く手を挙げたショートカットの生徒がいた。


『はい、カミラさん、どうぞ。』


「36度です。」


『正解です。素晴らしいですね!2点追加です。』


「あーマジか!アタシの違ったじゃん……。」


 カミラはすました顔で、無念そうなキャサリンを一瞥した。


「は?お前、なんだよ今の視線はよぉ!?」


 キャサリンは吠えるが、無視された。


『キャサリンさん、大声での私語は慎んでください。次に同じことをした場合減点対象となります。』


「うっ……はーい、わかりましたぁ。」


 キャサリンはそう言いながらもカミラを睨み続けていた。


 その後も次から次へと挙手と呼名が続くが、コハルは一度も手を挙げられなかった。こういう時にやり過ごすのも一つのお利口なやり方なのかもしれないが、やはり自分だけ置いてけぼり、と言う感覚は辛かった。


 この学園では、間違えても減点されることは無い。むしろどれだけ自由な発想をしたかによって評価されることもある。勉強と言うのは、ドールが自分を表す一つの手段に過ぎない。

 その意味で今この教室にいるドールたちは、まさに十人十色、様々な口調や仕草、態度、時には奇異な間違いによって自分を表現し続けていた。これこそまさに、ドールのあるべき姿。

 それなのにコハルは、失敗が怖くて何も言うことすらできない。


 私だけ、一人ぼっちみたい——そう思った時、隣の席から声がかかった。


「あ、あ、あの……『コハル』、さん?」


「えっ?」


「あ、えっと……ごめん、……名前、間違って、た……?」


 水色の前髪で目元を隠した少女が、コハルとは比べ物にならないくらいおどおどした顔で、そう言った。


 

 

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