2-1 どうしたいのかな

 入学式が終わり、新入生たちは昼食の後にホームルームに集められ、ガイダンスを受けた。その中で、各々の生徒が所属する寮も発表された。

 フェーゲライン愛嬢希望学園には3つの寮がある――フリューゲル、ライデンシャフト、ウムアルムング。

 コハルが入ることになった寮はフリューゲルだった。15:00から始まる校舎案内まで、自分の部屋で待機することになる。

 普段なら学生たちは、カフェテリアで三時のお茶の時間を過ごすこともできるのだが、今回は各生徒の部屋でフードサーバーからクラッカーが振る舞われるにとどまった。

 コハルも部屋の扉に自分の顔と皮脂の情報を登録した後、ベッドの上でクラッカーをかじっていた。

 副担任のアンドロイドに配給された新しいコンソールで配布資料に目を通す。それでも時間が余ったので、ついでにスイレンの生徒情報を確認する。

 スイレンは生徒会長にして、学年でトップ5の成績の持ち主だった。部活動は陸上部に所属しているらしい。一方で、個人活動として絵を描くと言う特技もあり、校内のコンテストで準優勝を取ったこともあった。


「うわあ、すごい……頭もいいし、運動神経もいいんだ……。」


 見た目もあんなに綺麗なのに、と、コハルは驚嘆しあこがれを強める。


「こういうの、なんていうんだっけ。えっと……武、才、能……?美人?ええっとえっと。なんだっけ!」


 コハルは誰も聞いていないのに大声で叫ぶ。コハルは難しい言葉を覚えるのは苦手だった。らしくないことをするものではない。

 今言おうとしていた言葉も、昔辞書で見て覚えようとしたのだが、教師ロボットに「あなたにはできない」と言われた挙句、本当に忘れてしまった。


「いいなあ、スイレン先輩……私にはないものを、いっぱい持ってるんだなぁ……。」


 コハルはベッドに横たわって天井を仰ぎ見る。半透明で乳白色の天井には、コハルの視線に合わせてホログラムの掲示情報が流れていく。コハルの言葉に反応してか、先ほど閲覧していたいつかのスイレンの横顔の活動写真シネマグラフが大きく映し出された。一瞬のそよ風になびく風と、するりと流れるような視線の動き――見れば見るほど、美しい。


 スイレン先輩のこと考えてると、頭がぽわぽわする……。やっぱり私、先輩のこと好きなのかな……。


 だが、「好き」とはどういうことなのだろう?


 ふと、コハルはそう思った。


 好きだから……つまり、何がしたいのだろう?まだそのあたりの自分の気持ちが、よくわからなかった。恋愛のついては十分よく学習したが、特定の人物に恋をするのは、これが初めてなのだから。


 恋愛については、二歳の時からの教育で十分学んでいた。ドールには一定確率で同性に恋をする個体がいるということも。学園で恋に落ちたドールがどうすべきかも知っている。

 まず、「ペアリング」の申し入れをするのだ。そして相手の承諾を受けることができたら、正式に交際を開始する。そして、徐々に関係を深めていく。そして――


「……………………。」


 そんなことを考えかけた時、天井にはまた、別のスイレンの活動写真が写っている。走り幅跳びで宙を舞っている様子だった。

 活動写真は現実の一瞬を、見る者に合わせて、その場で見る以上の美しさと艶やかさで再演してみせる――コハルはシーツをきゅっとつかみながら、そっと膝を閉じた。


 陸上をやっている先輩を、直接見てみたい。不意に、そう強く思った。


 そうだ、別に細かく考える必要なんてない。私はそう言うのは苦手なんだから。


 何と言っても今日出会ったばかりなのだ。すぐにどうしたいかなんてわかるはずもない。自分の気持ちははっきりしなくてもいい。むしろはっきりしないのがコハルらしさなのだ。


 だから、ここで言うべきは——


「とりあえず、もっと先輩と仲良くできたら、良い、なぁ……。」

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