Domestic Organization as Ladies
フェーゲライン愛嬢希望学園から水平方向にも垂直方向にも、遠く離れたとある施設。地下奥深く、ホログラムの青空すら見えない、パイプとケーブルと鉄骨の詰め込まれた薄暗い空間。
数百人余りの影が集まる中、宙に浮いたホログラムのライブ映像が煌々と輝く。
フェーゲライン愛嬢希望学園、第14回生200名。その一人一人が順番に画面の中央に立ち、それぞれがこの世のものとは思えないような、華やかで愛くるしい輝きを振りまき続けている。
一人、また一人と画面が切り替わるにつれ、画面下部を流れる数万人の「観客」のコメントが色めき立つ。
今や使用者の少ない7か国語も一瞬で
認知最適化フィルターを通して誇張された極彩色の光に照らされ、映像のドールたちと対照的に、男たちの醜い顔の群れが浮かび上がる。骨張った四角い顔立ち。中途半端に伸びた脂ぎった髭。潰れたような左右不対称な目。常に半開きの口からはみ出す、不揃いな黄色い歯。その多くが恍惚とした様子で、しまらないうすら笑いを浮かべている。
だが一方でその中の一部は、比較的ドールに近い見た目をしていた。もちろん彼女たちほどの美貌は持ち合わせず、髪の色もせいぜい三・四種類だが、幼い顔立ちで十代の者が多い。彼らは比較的若い年齢で去勢手術を受けたため、
200人分の長い自己紹介に続けて、更に長い歴史についての話が始まる。しかし多くの男たちはスイレンに見入っており、退屈する様子は全く見せない。
だがその一方で、中には画面を激しい敵意で睨み続けている者達もいた。
金髪の頬がこけた少年、オットーの表情は、そのどちらでもなかった。今、自分が見ているものはまさに、この世で最も美しいものだと思う。
ドール、人類の未来。希望の象徴。我々の女神。
彼女たちは人間のあらゆる才能・魅力・文化を書き込まれた理想的な遺伝子を運んでいる。決して歪なホムンクルスなどではない。むしろ人間らしさをこれでもかと詰め込み練り上げた、まさに文字通り
しかも、彼女たちは人類と交わることで、人類全体の水準を高めてくれる。彼女たちは新たな女神を生むだけでなく、去勢された少年たち以上に美しい男子までもを生むだろう。そうしてやがては全ての人類が美しくなるのだ。
人類は戦乱により文化を忘れて男性的・攻撃的な野蛮になり下がり、汚濁に塗れていた。ドールはいわばそんな人類に、もう一度文化的な人間の姿を回復させてくれるような存在なのだ。
だが、オットーはその約束された明るい未来に、どうも心を動かされなかった。もちろん、スイレンが言うように、自分たちが今こうして働いていることが人類の役に立つことは良いことだ、と思う。
だが……。
その役割を担うのが、この自分である意味などあるのだろうか?
ライブ映像が止まり、画面が切り替わる。SIRIESのロゴを背景にした白い空間には、裾の短いスーツを纏った、同じ顔の少女……ではなく、少年たちが現れる。二人は仲良く手をつなぎながら、画面のこちら側に向かって手を振ってくる。
「以上で入学式は終了となりまーす!みなさん!どうでしたかぁ?」
「どの方も素晴らしかったですよね!これからの活躍が楽しみです!」
「ですね!彼女たちのこれからの人生に、幸多からんことを!」
「そう、そして私たちも!これからも彼女たちのような素晴らしいドールを作り続けましょう!」
「「人類の未来のために!!!」」
彼らはこの施設のマスコットにして、名目上は総責任者に最も近い権力を持つ存在でもある。こうやって社内行事の度に、職員の士気を上げるような演説を行うのだった。
解散後、労働者たちは一斉に大食堂へと殺到する。どのドールが一番好きかを、目を輝かせながら語る者もいれば、誰が一番美しい体型かを言い争う者たちもいる。あるいはセキュリティゲートを通る際に表示される自分の顔と、天井近くにでかでかと映し出されるドールたちを見比べてうなだれる者もいる。
オットーはそんな男たちの波にもまれながら、廊下の窓から見下ろせるコンベアの列を見てため息をついた。
ポッドの中の培養液に浮かぶ、色とりどりの体液を有する胎児たち。人類の英知を結集して生み出された天使。無菌の世界からやってくる、穢れなき魂たち。
ここはジオフロンティア3層――孵化・条件付けセンター。孵化管理部門第一エリア二階。
スラム出身の去勢された少年たちが集められ、ドールを製造し育てる施設。
人類の未来を切り開く、名誉ある使命の
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
8/16 追記
・労働者たちの年齢幅を少年から大人まで拡張しました。雇用されるのは全員少年ですが、既に創業から14年以上経っているので。
・オットーの一人称を「俺」に変更しました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます