1-2 はじめまして


 コハルは止まったエレベーターから飛び出し、巨大な女神の彫像の足元を通り抜ける。集会場はメインホールから見て右方向――それだけはしっかり覚えていた。

 西洋城のような校舎の、どこまでも続くような純白の廊下を駆け、赤いカーペットを踏みしめる。

 東側の窓の列から、フィルターをかけられた日光がグラデーションを作りながら淡く差し込んでいた。外の景色は見えないが、きっといつも通り、雲一つない快晴なのだろう。

 

「えっ……!ど、どっち行けばいいの…………?」


 コハルは肩で息をしながら、分かれ道の間で立ち止まっていた。電光掲示板の標識すらない。これはもう、間に合わせるのは絶望的――そう思った時、


「——あら、あなた、どうしたの?」


 誰かがコハルに声をかけてきた。

 コハルが振り返ると、そこには自分と同じ学園の制服を着たドールが立っていた。背丈はコハルより少し高いくらい。青みがかかった黒髪のストレート。凛とした雰囲気のスマートな顔立ち―― 一目見て、何か抗えないような魅力を感じた。


 あれ、私、この人とどこかであったっけ……。


「っ…………あ、あの、私、その、遅刻しちゃって、その、迷子、で……。」

「あ、ああ……そう、なのね。」


 なぜか顔が赤くなってしまい、しどろもどろになるコハル。果たしてこれが普段の自分らしい反応なのかもわからなかった。そんな彼女に、その少女もなぜかうろたえ気味に応じる。


「この校舎、初めて来たときは戸惑うでしょうね……。大丈夫よ、遅刻じゃないわ。まだ到着していない新入生が何人か連絡を入れてきたから、開始時刻が遅らされたの。」

「ああ、そうなんですか、良かった……。」

「でも、ちゃんと気を付けてね。寝坊かしら?」

「あ、う……その、い、言い訳にならないかもしれないですけど、コンソールが壊れちゃって……。」


 それを聞くと、少女の端正な顔が、わかりやすく同情を帯びたものに変わる。


「あら、あなたもなの。」

「え?」

「私のコンソールも、今日に限って調子が悪いの。待機室への経路のナビがおかしくて、さっきから校舎内をずっとさまよい歩かされていたわ……。」


 ジオフロントから飛んでくる電波の影響で、複数台のコンソールに異常が起こることは時々ある。

 コハルは目の前の少女が、大人びた見た目の印象に反して、少しぶうたれたような様子でいるのが可愛らしいと思った。初めの印象ほど、固くて怖い人という訳ではないようだった。


 むしろ、なんだか話していて落ち着く気がする……。


「とにかく急がないと。ついてきなさい。」

「あ、ありがとうございますっ!」


 コハルは勢い良く頭を下げながら言い、遠慮気味にスイレンの隣に並ぶ。細く長い足で足早に進むスイレンに置いて行かれないよう、とたとたと半ば駆け足になる。


「あはは、そんなに大げさにしなくてもいいのよ。……あなた、お名前は?」

「あ、私は、コハルって言います!初めまして、よろしくお願いします!」


 よろしくとは言っても、600人近くいる生徒の中で、どれほど長い付き合いになるかはわからない。だがスイレンは、律義に頭を下げるコハルを可愛らしいと思った――どこか、懐かしいような感覚だった。


「私はスイレン、三回生よ。……同じ言語由来の名前かしら……偶然ね。」


「ほんとですね!えへへっ。」


 コハルはいつも通りの笑い声と共にはにかむ。ますます可愛らしい――スイレンは、なんだかこの子は見込みがある、と思った。


「――はじめまして、コハル。フェーゲライン愛嬢希望学園へようこそ—―よろしくね。」

「はいっ!」


 コハルは頬を上気させて答えた。


 

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