第1章 新しい世界

1-1 コハルのプロローグ

「はぁっ、はぁっ…………やばい、やばいよぉ……!」


 三次元生体認証式の改札口を滑りぬけ、入り組んだ何段階ものセキュリティをよろめきながら通ってにぎやかな認証音の数々を奏でた末に、移動式歩道のコンベアに飛び乗る。

 電光掲示板の警告を無視し、動いているものの上で走ろうとしたせいでバランスを崩し、おっかなびっくりむしろ余計に時間をかけて通る羽目になった。

 桃色の髪は激しく左右に揺られながらも、髪留めの静電気操作により乱れずに綺麗にまとまっている。


「これじゃ遅刻しちゃうよぉ~~!」


 誰も聞いていなくてもいつも通り大声で叫びながら、14才のドール、コハルはエレベーターホールに駆け込んだ。


 新世界暦56年、9月3日。新人類連邦の公立ドール養成機関であるフェーゲライン愛嬢希望学園において、第14期生の入学式が行われる日だった。


 入学生の中で何人か、コハル同様に出遅れたうっかり者はいた。だが、ほとんど全員が最終的には時間通りに集合している一方で、コハルだけは大きく後れを取っていた。


「うう、なんでよりによって今日壊れるのぉ……。」


 コハルはエレベーターの中で一人寂しくたたずみながら、手元の携帯端末コンソールをうらめしそうに睨む。数か月前に初等教育教室グルンドシューレを出る際、支給されたばかりの新品だと言うのに、なぜか今朝突然、画面すら点灯しなくなってしまったのだ。そのせいで目覚ましが鳴らず、乗るはずだったスフィアを取り逃してしまった。

 その上、コンソールが無ければこの複雑に入り組んだ地下都市ジオフロンティアの、しかも公共交通機関の施設を道に迷わず利用するなど無茶な話だった。

 ドールたちは物心ついた時からそう言う環境を当たり前に生きているので、何が便利で何が不便かなどという価値判断はそもそもしない。

 しかし、だからと言って適応できている訳ではない。特に今日のこの道は初めて通るものであり、二度と使うことも無い。


 そう、今日と言う日はまさに、ドールが幼少期を過ごした地下から地上へ――即ち、人類と同じ高度の居住層に移行する、記念すべき日だった。


 だからコハルもその日、心機一転、胸を躍らせて地上に飛び出そうと思っていたのに、遅刻と言う憂き目を見ることになった。


「早く、早くお願い早く……。」


 飛ぶように上昇していくエレベーターの中でさえも、その時間がじれったく感じられた。

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