第24話 出口のない迷い
そういえばここ三年ほどは味覚がまた失われている。何を食べても味がしない。
どうも生まれ変わりを全身食べたからか、味覚が復活していたようだ。
目も前よりは悪くなっている。
見た目が変わらないのは当たり前だが、この家にいるのはもうそろそろ限界なのかもしれない。だがもう少しだけ、あと少しだけここに居たい、と龍二と父親が出て行った家で一人、窓から海を眺め考えていた。
死ぬ事が怖いわけではない。三人の魂と共に逝けるのならばもう思い残す事など何もない。あの世というものが存在したとしても、もう涼と三井には逢えないだろう。神谷はどうだろうか。もう生まれ変わり、片割れ等ではなくどこかで舞を待っているのか。それとももう、舞ではない誰かと結ばれるようになっているのかもしれない。
龍二もこんな生まれ変わりの死人を喰らい、何百年も生き、子を設ける事の出来ない化け物よりも、普通の人間がいいだろう。
普通に普通の「小さな幸せ」が優しい龍二と父親には似合っている。
「…困ったなぁ…」と呟くと、龍二と父が漁から帰って来るのが見えた。
玄関に犬のように走っていくと「ただいま舞ちゃん!」「ただいま」と笑顔の二人が立っている。こんなささやかな事が幸せだ。
二人の顔は本当に良く似ている。「二人とも何とかシゲルっていう人に似てる」舞が料理を作りながら言うと二人で声を合わせ「良く言われる」と答えた。
息もぴったりだ。
舞はどちらかというと母方の祖母に顔が似ており、本当は昔から気の合う父の方に似たかった。
今となればもうどちらでもいいし、顔で損をしたことは無いに等しい。
もう百三十は超えているだろう。充分生きたし、人を愛することも、幾度と愛する人を自分の中に取り込むこともできた。
贅沢にこれ以上何を望むというのだ。そんな自分にはほとほと呆れてしまう。
龍二から抱かれ、眠る龍二の顔を凝視し、起きないように静かに服を着て居間に行く。たまにそうして龍二の母の仏壇の前に座っていた。
「お母さん、本当に私がまだそばにいてもいいのですか?」心の中で問う。
すると酔って寝たはずの父親が居間に近付いて来た。
足音を聞き、悪い事をしたわけではないが、素早くカーテンの隅に隠れる。
父親は自分の妻の仏壇の前に座り小さく「良子、良かったなぁ…。本当に良かった。舞ちゃんが来てくれて…」呟いた。
心臓が鳴る。舞などが来て本当に良いことなのか。
しばらく仏壇に舞と龍二のことを報告した父親は便所に行き、再び自室に就寝しに行った。
舞も静かに自分の布団に戻り、眠る龍二を確認すると安心して眠りについた。
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