第22話 住処

それから二日間は「俺たちが漁に行く間も寝てて」と言われ正直に寝て過ごした。

父親は罪悪感からか囲炉裏をつけるのをやめ、代わりに大きな暖房機を購入してきた。

二日目の夕方になり「もう大丈夫だし、寝すぎて身体痛いから起きるね」と告げ、父親と舞は居間に座り、龍二は台所に立つ。

居間の奥には龍二の母と思われる若く美しい女性の遺影と仏壇が置いてあり、まだ線香の香りが漂っていた。

毎日線香を焚かれ、思い出してもらえる。この女性はなんて幸せなのだろうか。

舞は何もしなければ何人も見届けなければならないし、そのうちに且つて愛した人も忘れてしまうかもしれない。実際に神谷といた時は、あんなにも愛した涼の事を忘れてしまっていた。

「お母さん、ですか?亡くなったんですね。手を合わせてもいいですか?」龍二はまだ焼き魚の入った粥を作っている。舞は仏壇の前に座り静かに手を合わせた。

「…ありがとうね。良子とは見合いでね、私の一目惚れだった。向こうは断る気だったらしいが何度も説得して、結局根負けして結婚してくれてね」まるで昨日起こった事のように瞳を閉じ微笑みながら話す。

「龍二が産まれて、三歳になった時に交通事故でね。走る龍二を追いかけて庇って、トラックにはねられ亡くなった。これは龍二には話していない。あの子は優しいから、知ると自分を責めてしまうと思ってね」小声にはなったが、そう打ち明けてくれた。

龍二が出来上がった粥を小走りで運んでくる。父親と目線を外し、座り直した。

「お待たせ。熱いからフーフーする?」料理を運んでくる龍二はいつも笑顔だ。

「ううん大丈夫。それにこれ飽きたよ」と舞が笑うと龍二は”しまった”という顔をする。

「そ、そうだよね。プリンとか、ヨーグルトとかの方がいいかな?」と急ぎ上着を羽織った。

「落ち着いて。風邪じゃないから。それにもう本当に元気だから」舞が一喝すると、黙っていた父親が声をあげて笑い出す。

「あーいいコンビだなぁ。似合ってる。こんな馬鹿な龍二で良かったらこれからも仲良くしてあげてね」笑い過ぎて、垂れそうになった涙をタオルで拭いた。


ここに住みたい、舞が本来求めていたものがここにある。粥を食べながらどうにかならないものかと思案していた。

夜も更け、晩酌を始めた父親が「舞ちゃんは家に帰らなくて大丈夫なの?」と聞いてきた。それはそうだろう。入院する前から数えて一週間近くは家に帰っていないというだ。

「実は、家ないんです。施設育ちで…」少々後ろめたさはあるが、深く追求されないような嘘をつく。

父親は「それは苦労したね。好きなだけここにいるといい。ここには私と龍二しかいない。気負うことはないからね」と即答した。

良かった。これからもここに居られる。小さな幸せを感じながら日々が送れる。


舞の喜びに満ちた心とは裏腹に、龍二はどんな味がするのだろう、というフレーズがふと頭に浮かんだ。

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