第20話 風呂と泪
目を閉じていると眠っており龍二の優しい声で目が覚める。
「舞ちゃん、絶対濡れてるって思った。これ」と夜に傘を差した龍二はパジャマとタオルを差し出してきた。
倒れこんだままタオルで顔を拭き、持ってきたパジャマに着替えようとパーカーを脱ごうとすると龍二が「ちょっと待って舞ちゃん!俺いる!寝ぼけてるでしょ!」と焦っている。
舞は不思議に思う。確かに昔は羞恥心があったかもしれない。だが三人の屍の上の立つ舞は今や恥ずかしい事など無いし、神谷の時は恥ずかしがる時間すら与えられなかった。
「ごめんね。寝ぼけてた。あっち」舞が指さすと「はい…」と素直に背中を向けた。
「あの、俺んち親父居るけど、優しいし、舞ちゃん濡れちゃうし泊まらない?もちろん何もしないから!ね、寝る場所もめっちゃくちゃ離れてるから!」龍二はなぜか丸く小さな背中で言った。
「うん。ありがとう。行く」と返事をすると嬉しそうに家まで導く。
途中石に躓きそうになった舞の手を握っては、急いで離す。
龍二の家に着くとそこは寝る場所もめちゃくちゃ離れているとはとても言い難い狭く汚い一軒家だった。
玄関を開けるとすぐ居間で、優しそうな父親が焼酎を呑みながらこちらを見て微笑んだ。
「やぁ、龍二が女の子連れてくるなんて初めてだよ。酒は呑める?」と手招く。
「呑んだことなくて。あと、火が怖くて。すみません」囲炉裏を恐れ龍二の後ろに隠れた。
「そうか。ごめんね。風呂は火じゃないから」と龍二と同じ顔で照れ笑う。
久しぶりに風呂に入った。シャワーは神谷が来る前に礼儀として浴びていたが風呂に浸かったのは何十年ぶりだろう元気だった頃の三井と共に風呂に入った時以来だ。
風呂の燻る煙に身を任せしばし思い出に浸る。汗が頭皮から滴り落ちた。
熱いとは感じない。すぐに鼻水が垂れてきた。
気が付けば自然と涙が零れ落ちていた。整理出来たつもりでいたが、人間とは、そううまく行かないようだ。まだ舞の中には人間が残っていた。
嗚咽を堪え、涙を出し尽くして風呂から上がり再びパジャマを着る。
「舞ちゃん、でいいんだよね?これ、近寄らなくていいからこれ呑んでみて」と父は近寄り、お猪口を差し出した。目を閉じ一気に飲み干すと腹が急に熱くなった。
それは日本酒で、父親の悪戯だったのだが、臭いで気付くと思っていたらしく、目を大きく丸くして舞を見る。
「舞ちゃん大丈夫?ごめんね。酔ってない?」龍二は駆け寄り舞の身体を支えた。
舞はお猪口一杯で頭が回り、呂律が回らなくなり且つ饒舌になった。
「お父さん、は何歳ですか…?」ふらりと揺れる舞の視界は二重にぶれている。
父親は申し訳なさそうに「私は今年六十七だよ。龍二は私に似て奥手でね」と返した。
「じゃあ、私の六十…くらい下ですねー」舞は父親にお猪口を差し出しおかわりを要求する。「舞ちゃん、雨で熱でも出たの?」隣で舞を支える龍二が片手で体温計を取り出そうとしている。
舞は機嫌良く笑い龍二の背中をバンバンと叩き、父親とぴったりと話を合わせた。
父親は舞を大変気に入り「舞ちゃんが嫁に来てくれたら毎日楽しいのになぁ」とぼやいたのを聞き、舞は倒れこむように失念した。
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