第18話 海、味覚

電車を変えJRに乗り、小田急線で江の島に着く。

何となく海の匂いがした所で降りてみた。自覚はないが、舞の視覚は生まれ変わりを見つけるため、嗅覚は人を喰らうためか、人間よりずば抜けて良い。

ふらふらとゆっくり何日もかけて歩くと綺麗な海にたどり着いた。でもここじゃない、と感覚は言う。


もっと漁船のあるような、母なる人魚がいるような海がいい。

今や舞の中では人魚は母同然だった。人魚の肉を喰らった自分を誇りに思う。それは涼、三井、神谷を喰らった一時的なものだろうか。

舞の中でひとつになる。この世の何よりも素晴らしく尊いものだと感じる。


人魚の肉を喰らってからというもの、舞は生理を始め、排泄しない身体になった。

口にした全てを吸収し、細胞として生まれ変わる。神谷を全身食べ、しばらくは腹が重く妊婦のようだったが、二週間もすれば元に戻った。少し寂しくもあるが同化して共に生きるという事は、舞にとって今やかけがえのない事だ。


どれだけ歩き続けたのだろうか。ただ、潮の匂いのする方へ歩き続けていただけだ。

海が近い。どんどんと潮の匂いが強くなる。

走り海へと向かうと、そこは神奈川県の「茅ヶ崎漁港ちがさきぎょこう」という海だった。

理想とする海にたどり着いたのは良いものの、漁船に女は乗せてくれないだろうし、どうしたらいいのかわからない。

毎日ぼんやりとテトラポッドに座り漁船の行き来を眺めていた。


「お姉ちゃん毎日ここで何してるの?」

急に背後から話しかけられ身体がビクリと反応する。

振り向くと真っ黒に日に焼けた若い青年の漁師が立っていた。腹の辺りがほんのりと赤く光っている。いつもの光より小さいし、まだ神谷が死んでから少ししか経っていない。奇跡的に早く生まれ変わったとしてもまだ誕生してもいないだろう。これはどういうことだろうか。

「あ、いや海が好きだから見てるだけです」フードからちらりと見えた舞の幼い顔を見て漁師は「あ、もしかして家出でしょ?」と笑った。肌の黒さと歯の白さがアンバランスに思える。

部屋にいる時にテレビで何とかシゲルという、この青年によく似た日本人歌手を観た。舞が返事をするといつも通りに、腹の赤い光は消えて行った。

「別に困ってるわけでは…」下を向き濁す。

「ごめんね怖がらせて。でもあんまり家に帰ってないみたいならお巡りさん呼んじゃうからね~」と青年は鼻歌を歌いながら去って行った。

まさか誰かにずっと見られているとは思わなかった。警察など呼ばれようものなら、それこそどうなるか分かったものではない。

移動するにもどこに行けばいのか。目指していたのは海だ。

結局その日も(少し移動した)テトラポッドの上で日が昇るのを待った。


「お姉ちゃん、魚食べる?嫌い?」またも背後から声をかけられた。

青年は朝の漁が終わったようで大きなクーラーボックスを肩にかけている。

「あ、いや火が怖くて、焼いたり出来ないから」神谷の高級ライターを思い出す。

「なら焼いてきてやるよ、今さ、クロダイが美味いよ。待ってて」と返事を待たずに走って行った。

どうやら家が近いようで、青年は十分ほどで戻ってきた。

「ほら、塩焼き!」と子供が自慢するように満面の笑みで皿に乗ったクロダイを差し出してくる。

「…いただきます」手を合わせ少し齧ってみるとちゃんと

味覚はいつ戻ったのだろう。神谷を食べた時からか、そうならば涼と三井を食べた後味覚を失っていたのはなぜなのだろうか。


「美味しいです」と返し、骨を残し全て平らげた。



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