第16話 母となる
神谷が出ていき何日過ぎただろうか。テレビをつけて画面を眺めていると連絡もなしに神谷が部屋に訪れた。
顔は青ざめ、季節は秋だというのに汗を大量に流している。
「どうしたんですか?体調が悪そう…」そう舞が声をかけると神谷は目が覚めたように、舞を苦しいほど抱きしめてきた。
あぁまた抱きにだけ来たのか、と軽くため息が出る。
「舞、俺はもう駄目みたいだよ」耳元で囁いてきた。頭に疑問符が浮かぶ。
妻に浮気がばれたのか、それとも他の何か不幸があったのか。
「一番最後に舞に逢いに来たんだ」それは他の愛人にも逢ってきたという事だ。
しかしこんなにも弱っている神谷は初めて見る。
「本当に何があったんですか…?」敢えて妻の話題は出さずに聞いた。
「今はその話はいいから…」話してくれそうもない。
三十分程抱きしめられ身をそっと離し、珍しく「シャワー入るね」と小さなバッグを持ち風呂場に行った。
給湯器のランプはつかず「亮さん、水のままで寒くないですか?」という問いに返事は来ない。
磨りガラスの風呂場のドアを覗くと水のシャワーは流れ続け、血液が飛び散り神谷がドアに妙な体制でぐにゃりと持たれかかっている。
必死に神谷の身体を押し込みドアを開けると天井にまで血が飛び、神谷の首筋にはナイフが刺さりどうやらそれを抉ったような跡が見えた。
血液はほとんど流れ落ちているようで、傷口からは少々閉め忘れた蛇口のように血液が垂れ、顔に血の気は無く濁った目を少し開け、明らかにもう死んでいる。
膝から崩れ落ちしばし呆然と見ていたはずだが、気が付けば舞は神谷の首からナイフを取り、血を舐めとり肉を削ぎ喰らっていた。
味覚などとうに失っていたはずなのに非情に美味く感じ、手が止まらない。何度も何度も肉を削ぎ喰らう。
舞の瞳は白目が黒く、瞳孔が赤く変化した。
我に返った時にふと記憶が鮮明に蘇る。
「そうだ。前に私は涼も高も食べていた。」
二人とも、葬式の”寝ずの番”になった時に、涼の時は手を噛み千切り、三井の時はわざわざ棺桶を開け腹を喰らった。
思い出すと身体が火照り、どんどんと幸福感で満ち溢れていく。
”二人は私の中にいる”と強く感じる。もちろんこれからは神谷も一緒だ。
生まれ変わりを喰らうと目が変化するのは一時間程度らしく、目が覚めると元に戻っていた。だがまだまだ神谷の肉はある。喰らい、変化し、安らぎ、眠り、起きるとまた喰らう。そして変化していくことの繰り返しだった。
ゆっくりと時間をかけて神谷の身体を味わう。神谷自身の物も、もう舞の物だ。他の誰の物でもない。ナイフで丁寧にくり抜き、口淫をするように舐め尽くし嚙み千切る。それは他の部位とは食感が違い、硬いゴムタイヤの様な感触だった。
正直それより尻の方が柔らかく淡泊で、尻より内臓の方がコクがあり美味だ。
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