第14話 獣

「あれ?僕の名前言ったかな?」神谷は振り向いた。

「いえ。なにも…」と舞が足元のコンクリートに目を配ると「聞き違いかな?僕は亮太っていうんだ」とバッグ持ち、舞の手を引きマンションの二階まで階段を上がりエスコートをする。

亮太と涼。これは運命だろうか、それともただの偶然だろうか。

連れていかれた一室にはシングルベッドが一つと冷蔵庫だけが置いてあり、広さは六畳でマンションというよりはアパートメントのような部屋だった。

シングルベッドも恐らく中古と思われる物で、四隅のシーツが剝がれかけている。

そこに神谷は乱暴にバッグを投げ、ベッドに腰かけ両手を広げ「おいで」と舞を招いた。

音を立て激しくキスを交わす。神谷は舞の首筋を強く吸い自分の物だという跡をつけていく。それは痛くもあり心地が良い。

「亮さんって呼んでもいいですか…?」少々怯えながら控えめに聞く。「二人だけの時はね。今は集中して」と舞の顔をシーツで覆った。暗闇の中で神谷の手や舌が別の生き物のように蠢く。

舞は短い時間に何度も絶頂を味わい、神谷自身が舞に入ってくる。神谷に指先から足の先まで全身が浸される感覚、これが忘れられなかった。

顔のシーツがずれ落ち、神谷を見て「亮さん…」と囁く。

神谷は激しく腰を振ることに夢中で舞を見ていない、もしくは見ないようにしているのかもしれない。

目を思い切り閉じた神谷は高潮に達した。


前回と同様に行為が終わると神谷は「じゃあ僕は仕事行くから」と服を整えそそくさと部屋から出ていく。仕事に行く、とは家族の元に帰るのだろう。

しばし呆けた後バッグから衣服や小物を取り出し、部屋の隅に投げた。

「名前は似てても中身はやっぱり違うんだ…」と行き場のない怒りと不安に襲われシーツにくるまり目を閉じる。

舞は浅い眠りについた。


-涼が手を広げ「おいで、舞」と微笑む。思い切り飛び込み顔を見上げるとそれは三井に変わっており、「舞」と舞を抱きしめる。戸惑いつつも三井に身を委ね、また顔を見上げると神谷が笑いながら舞を見ないように顔を背け、硬くなった神谷自身を押し付けていた-


舞は勢いよく目が開け、飛び起きた。酷い寝汗をかいている。気持ちが悪く吐き気がする。夢を見たのは何十年ぶりかわからないし、これが真実なのかどうなのかもわからない。何もかもがわからない。


神谷はそれからは一週間に一度のペースで部屋に来た。そして「獣」のように舞を抱き、行為が終われば知らぬ人の顔をして目も合わさずに帰っていく。

それは涼や三井と違い明らかに愛の無いもので、抱かれ、舞の愛が深まるごとに相反して神谷の心は舞には無いと痛感させられる。愛してる、好きだという表面上の言葉だけでも良かった、だが今やそれすらも無い。

「釣った魚には餌をやらない」とはよく言ったもので、神谷が部屋に来るペースも一週間に一度から二週間に一度、「忙しい」と一か月と空くときもあった。

舞に与えられた口座には月に五万円ほど入るが、舞が使っていない事をチェックしているのかいつしか金も振り込まれなくなった。

何もない部屋、孤独、愛されていない生活。全てが虚しく惨めに感じる。

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