第11話 弱み

灰がたまっていき「灰皿とかないよね?」と聞かれたが、舞は煙草を吸わない。

黙って首を振ると神谷は窓を少し開け煙草を投げ捨てた。

夜も更けていったが神谷の話は止まらない。登山や釣りが好きな事、会社での出来事、そして妻の愚痴。


「僕はさ、小さい頃に両親が離婚してね。すごく寂しい思いをしたんだ。だから自分の子供達には同じ思いをさせたくなくて、離婚だけはしないように決めてるんだよね…」神谷は少し憂鬱そうな顔をした。


舞はもう結婚はしないと決めていたし、都合はいいのかもしれない。だがやはり戸惑う気持ちもあるし、この一線は超えてはならないとも思う。

神谷の話を何時間も聞いているうちに興味が深まっているのも事実だ。


話を続けるうちに眠らずに朝がきて、吹雪は止んだ。

いよいよと別れかと、舞は少々肩を落とした自分に驚く。神谷もまた残念そうに片手を出した。「ありがとうね。舞ちゃん。来週もまた来るから、考えてて」

舞が差し出しされた手を握り返すと、神谷は何度も振り向き下山していった。


神谷は本気で言っていたのだろうか。ただの愛人としての遊び相手か、金持ちの暇つぶしかはわからない。暇つぶしの相手に住む場所を与えたり、小遣いを渡したりと手間のかかる事をするだろうか。

やはり愛人として囲うつもりなのだろう、と一人納得をする。

舞はまだまだ死なない。神谷と結ばれるとすると、また舞が死を見届けることになる。もうそんな思いはしたくない。

だが相反し、頭の中は神谷で満ちている。


小屋の隅に目をやると、神谷が置いて行ったデュポンと書いてある高級そうなライターがある。本当に来週再び訪れる気なのだろう。


そういえば”火が怖い”とはどういう意味なのだろうか。

恐れ怯えながらも必死に火を着け、炎に人差し指をかざしてみる。熱い。この感覚も懐かしいが耐えきれず、舞は叫び声をあげライターを投げ落とした。

人差し指の火傷は消えることなく赤くなり、時間が経つと水泡と変化していく。

「火が怖い」のではなく「火に弱い」のではないか。

自身の弱みを見つけた。その気になれば死ねるかもしれない。

涼と三井は生まれ変わっているのだから、所謂あの世へ行っても逢えないだろう。

だが今後がもしあるとしたら愛する人と共に死ぬことは可能だろう等と思案しながら、ネックレスに通してある涼と三井から貰った二つの指輪を撫で、ゆっくりと眠りについた。


人魚の肉を食べてからというもの、舞の眠りは深い。いつでも眠れるし、限界はわからないがいつまででも寝ていられる。逆に起きていようものならいつまでも起きてもいられる。

三井が死んで葬式が終わった後は現実逃避だろうか、一週間ほど眠っていた。

もちろん腹も減らないし、味覚もない。いくら食べずとも見た目は変わらない。あれば食べる、ただそれだけだ。

三日ほどで起き上がり、朝日を見つめ「もうずっと人じゃないよ。こんなの…」と呟く舞の人差し指は小さく疼き痛んでいた。


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