第10話 吹雪の出逢い

山小屋の建物に隠れ四十年~五十年は経っただろうか。またはなお一層か。とある吹雪の晩にドアを叩く音で目が覚める。こんなにも凄まじく吹雪く夜は今までになかった。

「すみません。誰かいますか?」と随分ダンディズムな声が聞こえる。

静かに息を潜めていたが、ドアはしつこい生き物のように鳴る。恐らく登山者で吹雪のために遭難したのであろう。

あまりの粘り強さに負け、フードを深く被り黙ってドアを開ける。

「あぁ良かった。山小屋の方ですよね?今日泊めてくれませんか?」四十代前半位だろうか。その男性はまたも強く赤く光っていた。


戸惑いながらも「今晩だけなら…」と舞が話すと光は薄く消えていく。

やはり生まれ変わりは直接接触をすると光が消えるようだ。

その男性は涼だろうか、高だろうか、或いは両方なのか。

「女性が山小屋の管理なんて珍しいですね。声も若いし」男性は登山着の上着を脱ぎ、手袋を外す。左手の薬指には指輪がはめてあった。


いくら生まれ変わりと言えど相手は既婚者だ。それに舞が関わると亡くなってしまうかもしれないと危惧し、部屋の隅でただ相槌を打っていた。

「知ってます?子供のうちは顔に恋をして、そのうちに頭に恋をし、大人になると声に恋をするって」男性は楽しそうに話す。舞の頭だけは成長をしているものなのだろうかはわからないが、確かにこの男性の声にはなぜか惹かれる。

顔も涼や高の顔とは全く違うが、目が離せないでいた。


「僕はお姉さんの声、好きだな。顔見せてよ」と軽く言った。

「きっと残念な顔、してるから無理です…」舞は頭を左右に振る。

「大丈夫。声に恋するって言ったでしょ?」男性は笑いながら、強引に近付きフードを捲った。

「へぇ!驚いたな。可愛いし若い。吹雪に感謝だな。なんで一人でこんな仕事してるの?」男性は目を丸くし舞に畳みかける。

男性の顔を正面から見据え「あぁ、またも惹かれていってしまう。これでは地獄に落ちるようなものだ」と静かに考えていた。

「…一人が好き、だから…」暗に”これ以上近寄らないで”と伝えたつもりではあったが男性には伝わっていない。女性にかなり手慣れているようだ。

「僕は神谷。今晩だけなのは惜しいけどよろしくね。君は?」

「舞、です」と自己紹介を終えた後は色々と神谷の話を聞いた。


「…でさ、話は変わるけど僕はさ、一目惚れなんて信じてないんだよね。でも舞ちゃんは別だな」

生まれ変わりの対象もまた、即座に舞に惹かれてしまうのかと気付く。

しかし涼や高と違い神谷の言葉は軽く感じ、妻がいる。

「もしよかったらだけどさ、連絡先交換しない?」神谷はスマートフォンをいそいそと取り出した。

「それって電話の事ですか?持ってないんです…から…家もここだし、もう逢えません」神谷は軽くため息をつき腕を組み「ここに住んでるの?じゃあさ、僕が家借りてあげるよ。スマホも買ってあげるし、ちゃんとお小遣いも渡す。これでも代表取締役だから」と思い付いたかのように笑顔で言った。

「少しだけ考えさせてください。その、逢ったばかりだし…」舞がまたフードを深く被ると神谷は残念そうに「そうだよね。いきなりだもんね」と煙草に火を着けた。火が怖い。部屋の隅からまたも少し距離を置き、神谷の吐き出す煙草の煙を見ていた。

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