第3話 信望

マイクは慣れた手つきで人魚の首の頸動脈を切り、息の根を止め捌いてゆく。

「心臓が欲しいんだろう?」紫の血液で手を汚しながら康弘を見ずに言う。

目線は合わないが黙って頷いた。

「実は俺も妻が癌になって余命宣告をされた時に人魚の心臓を食べさせたんだ」

「病気は治ったのかい?」実にその実際の効果が聞きたい。

「あぁ、妻は美しいままで病気は治ったよ。ただ…」マイクは人魚の胸を抉る手を止め康弘の目を見た。

「俺は妻より先に死んでしまう。その後の妻が見届けられない。それは妻にとって幸せか不幸かはわからない。それでもいいのか?」それだけを告げ再び捌いてゆく。

「娘の病気が治るなら構わない。」康弘が言い放つとマイクは心臓の肉を一欠片手渡してきた。

「あと、火に近寄れなくなる。良く考えるんだぞ。それだけだ。」捌き終わった人魚の遺体を海に放り投げる。

「マイクは食べないのか?」いつまでも妻の傍にいたいだろうし、一人にはできないだろう。

「ナンセンスだよ。俺はこのまま自然と死にたい」よく理解わからないが、持ってきていたアイスクーラーの箱に心臓を入れ、マスターに即辞める事を伝えた。


すぐに船に乗り込み日本に到着し、帰路に着く。


「帰ったぞ!舞は!?」

妻は軽蔑するように赤く腫れた目で康弘を見た。「もう一日持つかどうかよ」

荷物を投げ捨て、肉だけを持ち舞の布団まで行くとチアノーゼを起こしている。呼吸も浅い。「舞!」という康弘の声も届いていないようだ。

無理やりに豆粒ほどの肉を舞の喉の奥に入れ、何度か嘔吐えずいた後に飲み込ませた。


約一時間が経ち、舞の顔色が良くなり紫だった唇が艶やかな赤になり、深い眠りについているようだ。

いつ起きるのかわからず、舞の布団の横に布団を敷いて朝になるのを待った。

いつの間にか寝ていたようで、朝になり「お父さんおはよーあれ?苦しくない」という舞の言葉で目が覚めた。

康弘は思わず舞を抱きしめる。「舞、もう治ったからな。」

「治ったって言ってたじゃん。なに急にー」と舞はケラケラと笑った。


「人魚の肉を手に入れたんだ。同僚に同じ人がいた。病気はもう治ったんだよ」

妻に説明をすると「信じられない…でも、舞は確かに元気になったわね」と幾分安堵の表情を見せた。

翌日から舞は時間を取り戻すかのように走り回り、友人と遊んだりと忙しなく過ごしている。

その後入院していた心臓病の専門病院に舞を連れて行くと、担当医も驚くほど健康な心臓に戻っていた。まさか人魚の肉を食べさせたとは言えない。

担当医は小さな声で「奇跡です…」と漏らした。

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