第42話 お泊まりする佐藤⑨
三十分ほどで佐藤は目を覚ました。
そこから入浴や歯磨きなどを済ませ、楽しかった一日もようやく終わりを迎えてしまう。
おやすみ、と挨拶を交わして佐藤と別れる。俺は自分の部屋へ、佐藤は俺の両親の部屋へと、それぞれの寝床へ向かう。
ベッドに入ると俺はすぐに電気を消した。
まだ膝の上に佐藤の重みと柔らかさ、それに香りなんかが残っていた。
「……良かった……すごく良かった」
呟いてから、慌てて頭を左右に振る。
本人が壁の向こうにいる状況で、そういうことを考えるのは良くないことだ。
「もう寝よう。……寝てくれ」
大好きな彼女のあれやこれやが思い浮かぶ前にどうにかしてスリープモードへ移行しようと試みる。
が……
「……むりだ」
来て欲しい時に来ない。来ないで欲しい時に来る。それが睡魔というものである。寝ようと思えば思うほど、逆にどんどん目が冴えてくる。
「佐藤……」
……と、一緒に寝たい。
もちろん卑猥な意味じゃなく、ただあの体温をずっとそばで感じていたい。
……本当に卑猥な意味じゃない(と自分に言い聞かせる)。
ぼんやりと、頭の中で笑顔の佐藤を思い浮かべる。嬉しそうで、幸せそうな笑顔の佐藤を。
するとその幸福感が伝播して、次第に俺も笑顔になる。その時にはもう卑しい気持ちは霧散していた。
「……寝よう」
今度こそ大丈夫。
そう思って目を閉じた。その時だった。
コンコン、と控えめに俺の部屋のドアがノックされる。続けて小さな声がする。
「……日向くん、まだ起きてますか?」
美羽はいないし、両親ももちろんいない。
今この家にいるのは、俺の他には一人だけ。
「起きてるよ。どうした? 佐藤」
答えながら俺はベッドから起き上がり、枕元にあるリモコンを操作して部屋の明かりをつけた。
パジャマや髪の乱れを適当に整える。
「えっと……な、中に入ってもいいですか?」
「もちろん。どうぞ」
伝えると、ゆっくりとドアが開かれ、可愛らしいパジャマ姿の佐藤が部屋の中に入ってくる。しかしその様子はどこか落ち着かないようで、いつもよりか弱い印象を強く受けた。
諸々の事情を抜きにすると、佐藤が今不安になるようなことはないはずだが……。いや、もしかしたら、ホームシックだろうか?
俺も何度か修学旅行で経験したが、家に帰らない日の夜というのはどこかふわふわとした落ち着かない気持ちがするものだ。それが寂しいまでは行かずとも、宙に浮いたような不思議な不安感として佐藤を襲っていてもおかしくはないだろう。
俺も美羽と会えない日々は三日が限界。両親が普段家にいない分、俺は美羽に支えられている部分がかなりある。今回は気にしないでいられたが、それは一日中、佐藤と一緒だったからだ。
思い返せば今日はずっと佐藤がそばにいてくれたし、逆に俺も佐藤のそばにいた。トイレとお風呂を除けば離れていたのは今くらいなものだ。
推論: ホームシックで眠れない。だから、一緒に寝たい。
回答: よろこんで。
と、個人的に推察してみたのだが……
「じ、実は私……だ、抱き枕がないと、寝られなくて……」
「え……あ、そういう」
どうやら全然違ったらしい。ホームシックというより、ホームにある抱き枕シックだったらしく、そういえば佐藤の部屋のベッドにはそれらしきものがあったなぁと思い出す。
唇すら動かしていない俺の小さな呟きは佐藤に届くはずもなく、彼女は申し訳なさそうに俺を見つめた。
「なので、その……日向くんさえ良かったら、私と……一緒に、寝てくれませんか?」
「よろこんで」
「へ……ほ、ほんとうに? 一緒に寝ても、いいんですか……?」
驚いたという様子で口をぽかんと開けながらも、佐藤の瞳はきらきらと輝いていた。
佐藤が心配してくれている部分は今さら確認するまでもなく、要するに俺が佐藤を襲いたくなっちゃわないのかということだろう。俺を気遣っているのか、直接そうとは言わないが。
俺は立ち上がり、佐藤のそばまでそっと近づいた。そして、ゆっくりとその華奢な体を抱き寄せる。
パジャマ越しに感じる彼女の鼓動が、少しずつ速まっていく。
「夜が不安で俺を頼ってきてくれたのに、そんなタイミングで佐藤をどうこうしようだなんて、俺は絶対思わないよ。後で周りから過保護かよって言われるくらい、俺は佐藤のことを大切にしたいんだから」
「……っ」
返事の代わりに佐藤が俺の背中に手を回す。
ぎゅ〜〜って効果音が似合いそうなくらい、佐藤にしては珍しい……と、言うわけでもない、力強いハグだった。
「まあ、それはそれとして。佐藤と一緒に寝るからには、こうしてずっと触れ合っていたいけど」
「わ、私も……! 私もずっとこれがいいです」
「冷房入れても少し暑いかもだけど」
「構いません。む、むしろ、そのために来たんですからっ。……日向くんの温かさなら、大歓迎です」
……。……可愛いなちくせう。
グッと佐藤の唇を奪いたい欲求に駆られるが、さすがに今はダメだと煩悩を理性で押さえ込む。
それからしばらくして、俺たちは一度体を離して手を繋ぎ、そのまま二人で俺のベッドの中へと入った。
一枚の掛け布団を二人で分け合いながら、目が合うたびに笑みをこぼし、やがて佐藤が俺の胸にすっぽりとおさまった。
どうにかして電気を消す。
佐藤の希望で、消灯ではなく常夜灯。オレンジ色の光がぼんやりと俺たちを照らしている。
「……」
心臓バクバク、眠れない……と、そんな可能性も一応考えてはいたのだが、実際にはそんなことは全くなかった。
佐藤の体温。それから香り。
なんなら佐藤と密着していることそのものが、とてつもない安心感となって睡魔の波を押し寄せてくる。彼女の柔らかい体が遠慮なく俺に触れ、なんというかやばいくらいに心地良い。
その心地よさが、どうしようもなく眠い。
「……日向くん」
「……」
ん? と、返事をしたつもりだった。
でも、もう喉を震わせることもできないくらいに、俺の意識は落ちていた。
それでも、耳だけは音を拾うことをまだやめず、俺を起こさないように最大限配慮された無声音を間近から拾ってくる。
「ね……日向くん」
「……」
「あのとき、私を助けてくれて、本当にありがとう」
「……」
「…………大好きだよ」
そして、小さく、瑞々しい音がした。
それと同時に、俺の頬に、柔らかい何かが触れたような気がした。
【あとがき】
いつも応援ありがとうございます。
次回の更新から、いよいよエピローグとなります。
残り3話、ぜひ最後までお付き合いいただけると嬉しいです(*・ω・)*_ _)ペコリ
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