第39話 お泊まりする佐藤⑥
その後も佐藤と一緒にゆったりとした時間を過ごし────
夕飯時。
「な、なあ佐藤……さすがにちょっと張り切りすぎたんじゃないか?」
「だ、だって、これが日向くんに初めて食べてもらう私の作り立てのお料理ですし……、そ、それに、日向くんのお誕生日も兼ねてますから……っ!」
日付的には先週の土曜日が俺の誕生日なのだが、その日は学校もなければ佐藤と会う予定も入れていなかったため、誕生日当日は美羽にお祝いしてもらう形となっていた。その頃は佐藤を押し倒してしまった件で気まずかったこともあり、俺からも佐藤からも『会おう』という話は出なかった。
代わりに佐藤からはお祝いのメールと可愛らしい猫のスタンプ、そして『お泊まりの日には必ずしっかりお祝いします』という一文が送られてきていたな……と、不覚にも今思い出した。
少し前まで告白の緊張やら余韻やらがあったので、こればっかりは勘弁してもらいたい。
なんて、自分への言い訳はさておき……
佐藤が俺のために料理の腕を存分に振るってくれたのは素直にものすごく嬉しいのだが、その量はお昼に食べた定食をゆうに超えていた。
テーブルに所狭しと並んでいる料理を見て、佐藤も「やっちゃった……」と苦笑を浮かべている。
・白米
・たまねぎのお味噌汁
まではありがたいセットだが、とんでもないのは主菜(複数)と副菜(複数)の方だ。
・和風ハンバーグ
・ローストビーフ
・オムレツ
・フライドポテト
・ポテトサラダ
・野菜炒め
・ほうれん草のおひたし
・きゅうりと大根の漬物
・カットされたトマト
そして今、佐藤が焼きあがったばかりのガーリックトーストをテーブルの上に置き、今日の夕飯が出揃った。
並びからして明らかだが、これはもう完全にあれだ……お誕生日セットというやつだ。
食べ切れるだろうか。
……いや。
残ったら残ったで、明日食べる用に取っておけばいいだけだ。
それよりもまず言うことがあるだろう。
「たくさん作ってくれてありがとうな、佐藤」
「い、いえ……」
「大丈夫。多かったらまた明日食べるよ。美羽も佐藤の手料理が食べたい〜! って昨日までずっと騒いでたし。それに……」
「そ、それに……?」
「全部、本当に美味しそうだから。美羽の分は残らないかもしれない」
そう言って笑って見せると、佐藤は嬉しそうに頬を赤く染めた。
「そう言ってもらえると助かります。でも、無理はしないでくださいね」
「ああ、分かってる。ありがとう」
確かに量はかなり多いが、なんとなく、食べ切れないことはないような……そんな気もするのだ。
鼻腔をくすぐる色んな香りと、美味しそうな見た目。さらに、普段食べさせてもらっている佐藤のお弁当の味からしても、佐藤の料理は本当に俺の五感と相性がいい。
ごくりと生唾を飲み込むと、隣で佐藤が「ふふっ」と弾むような声を漏らした。
「冷めてしまう前に食べ始めましょうか。……日向くん、エプロンの紐……解いてくれますか?」
「もちろん」
「あ……あと、髪を縛ってるゴムも、お願いしていいですか……?」
「分かった」
しゅるしゅる……と背中側のリボンを解き、それからポニーテール用のゴムをなるべく丁寧に外し、佐藤に手渡す。
「あ、あと……その……」
「ん?」
「……た、食べる前に、もう一度だけ……キス、したいです」
綺麗に折り畳んだエプロンを両手でぎゅっと握りしめ、佐藤は恥ずかしそうに俺を見上げて呟いた。
耳まで真っ赤になっている。
まあ、きっと、俺も似たようなものだけど。
「もちろんいいよ。えっと……どっちからしようか?」
「ど、どっちから……っ!?」
ビクッと肩を跳ねさせる佐藤。
よくよく考えてみれば、ちゃんと『キスがしたい』と宣言があったのはこれが初めてかもしれない。
「えっと……じ、じゃあ……私からしても、いいですか? さっきは日向くんにしてもらったので」
「分かった。よろしく頼む」
「こ、こちらこそ……っ!」
ぺこりと頭を下げてから、佐藤は一度大きく深呼吸をした。
それからジーッと俺を見つめ……
「あの、日向くん……少し、屈んでもらえますか?」
「……そっか、ごめん」
俺から佐藤へ向かう分には構わないが、佐藤から俺に向かってくる分には、少しばかり身長差が大きいらしい。
軽く膝を曲げる。
「も、もう少し……膝立ちで、お願いします」
「……こう?」
「は、はいっ。ありがとうございます。……ふふっ」
さすがに、膝立ちの状態では佐藤の身長には届かない。
必然的に上下が逆転し、見上げた佐藤の顔はどこか楽しそうに緩んでいた。
「大好きです、日向くん」
俺の頬に、佐藤の小さな手がそっと触れた。
そしてゆっくりと、佐藤が俺の唇を奪っていく。
料理を食べる前だというのに、口の中がほんのりと甘くなる。
「……上からするのって、こんな感じなんですね」
「……下からも同じ意見だよ」
佐藤との距離感、顔の見え方、息遣い──そういう感覚的なものが全部、いつもと同じようで、少し違う不思議な感じ。
佐藤も同じように感じたらしく、吐息を漏らしながら恍惚とした表情を浮かべている。
「ふふっ。それじゃあ、ご飯、食べましょうか」
「……そうだな」
どこか名残惜しさを感じつつも席につき、俺は佐藤と一緒に手を合わせた。
しかし……
そんな名残惜しさも、一度ご飯を食べ始めたらすっかり別の感情に変換されていた。
「美味しい……マジで美味しい……」
「ふふっ、ありがとうございます」
一応佐藤の料理の腕は知っていたつもりだが、それでも初めて口にする佐藤のお味噌汁や出来立ての料理たちは、どれもとんでもなく俺の口に合っていた。
使ってる調味料は変わらないはずなのに、何をどうしたらこうなるのやら……
と、お味噌汁を啜りながら独り言つ。
次に、ハンバーグを一口大に箸で切り、大根おろしをたっぷり乗せて口に入れる。
ああ、この味だ……と思う肉っぽさが、さっぱりとした風味を乗せて口の中いっぱいに広がっていく。
たまらず白米が欲しくなり、いただくと、幸せという名の満足感が全身にまで広がる。
「お肉も柔らかいし味付けもちょうどいいし……本当に美味しいよ佐藤。お味噌汁も程よい塩味と出汁の香りで、飲んでてすっごく安心する」
「そ、そんなに言われると、ちょっと恥ずかしいです……けど、頑張って作ったので、日向くんに喜んでもらえて私もとっても嬉しいです。えへへ」
そう言って可愛らしく笑った佐藤だったが、やっぱり少し恥ずかしかったのか、お味噌汁を飲む流れで自分の顔を器で隠してしまう。
……可愛い。
……っと、今は料理に集中しよう。
それから俺は、佐藤の……
もう『美味しい』と何度呟いたかも分からない。
あんまり褒め過ぎるのもどうかと思っていたのだが、佐藤の料理の腕前と、大好きな人が俺のために頑張って作ってくれたという事実が、何度も何度も俺に『美味しい』と心の底から呟かせた。
「美味しかった……」
「日向くん、本当にずっと美味しそうに食べてくれていましたね。……嬉しいですっ」
「実際、どれも本当に美味しかったからな」
改めてありがとうと伝えると、佐藤はやっぱり少しだけ恥ずかしそうに微笑んだ。
「でも、まさか本当に全部食べちゃうとは思いませんでした。その、もちろんとっても嬉しいですけど……逆に、お昼のお弁当の量は足りてますか?」
「足りてるよ。学校ではいつも作ってくれるくらいの量がちょうどいいんだ。今は家だし、好きな人の手料理だしで、一番食べられる条件が揃ってたから」
「そ、そうですか……っ。それなら良かったですっ」
途中で美羽の分を少し取り分けたものの、結局佐藤が作ってくれた料理は二人で全て平らげてしまった。
幸せだ……
なんだか今日はすごく良い夢が見れそうな気がする。
が、寝るにはまだ少しだけ早い。
「それじゃあ、ケーキ、取ってきますね」
「手伝うよ」
「い、いえ! 一人で大丈夫ですっ!」
「そう……? じゃあ、お願いしようかな」
「はい、任せてくださいっ」
手伝われるとむしろ困る……と、そんな雰囲気を感じたので、俺は素直に引き下がった。
そうして立ち上がった佐藤は、なぜか冷蔵庫のあるキッチンの方ではなく……自分の荷物が置いてある部屋の方へと、早足で向かって行った。
【あとがき】
いつも応援ありがとうございます(ง ˘ω˘ )ว
実は、先日の更新でレビュー★が1000を超えました!
わーい!"(ノ*>∀<)ノ
本当にありがとうございます!
♡も★も、応援コメントもレビューコメントも、全部全部とっても励みになっております! いつもしてくれている方も、一度だけしてくれた方も、この作品を面白いと思ってこれからしてくれるかもしれない方も、本当にありがとうございます。とっても嬉しいです( *´꒳`*)
最後までよろしくお願いします( *´꒳`* )
それと、佐藤の料理の腕前などについて、本編で触れられなかった裏設定をほんの少しだけ、私の近況ノートにあげます。そういうのを見たくない方は、このまま本編を読み進めていただけたら何も問題なく進みますのでご安心ください。
今日中にはあげる予定ですが、私の都合で何時頃になるかはわかりません( ;´꒳`;)
ご興味のある方は、明日以降にでも見に来てもらえたら嬉しいです(ง ˘ω˘ )ว
(近況ノートは、ページ上部か下部にある作者名Abをクリックしていただけたら見つかると思います)
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