第15話 ショッピングと佐藤④

 それから、佐藤の新鮮なオフショルダー姿をたっぷりと見させてもらった後。


「じゃ〜ん! 次は、お兄ちゃんから希望があったミニスカートで〜す!」


「……ッ」


 綺麗な姿をたっぷりと見させてもらった後だから、目の保養も、佐藤が可愛いんだという認識も、十分だったはずなのに……


「ぁ……え、っと……ど、どう、ですか?」


「……超可愛い」


「……っ、良かったぁ……っ」


 カーテンが開き、佐藤の姿を捉えた瞬間の衝撃は、さっきと比べてもまるで遜色がなかった。

 だから同じ言葉が、同じように漏れていく。


「もーお兄ちゃん、さっきから可愛いしか言ってないよ?」


「いや、だって……」


 それ以外に言葉が出てこない。

 上位互換でもあるなら、今すぐ使うから教えて欲しい。


「まあ気持ちは分かるけどね! 彩音ちゃん、本当に何着ても超可愛い!」


「本当にな」


「あ、ありがとうございます……っ」


 佐藤が着ていたのは、シンプルな黒のミニスカートだった。ひらひらで、ゆらゆらで、布がやわくて、短くて。

 膝上までしかないそれは、佐藤が今日、足首までのスラックスで隠していた生脚を無慈悲に晒してしまっている。


 反対に、上は肌色が激減。

 白のTシャツに、淡い桜色のパーカー。二重の層が佐藤の肌を視線から守っているが、そのTシャツやパーカーの意味のあるシワたちが、どうしようもなく俺の視線を吸い寄せる。


「その……え、遠慮せずに、いっぱい見て、大丈夫ですからね……っ」


「じゃあ、そうさせてもらおうかな」


「は、はいっ……どうぞっ」


 ……それでも、やっぱり。

 男が安易に『可愛い』以上の言葉を女の子に伝えるのは、礼儀とかデリカシーとか、そういう大切なものに欠けるような気がしてしまう。


 本気だけど、本意じゃない。

 それが伝わる間柄ならまだしも、出会って一週間にも満たない俺たちは、多分きっと、まだそこまでは行けてない。

 だからこそゆっくり、じっくりと佐藤を理解し、佐藤にも俺を理解してもらうために、今日の今みたいな時間が大切になってくる。


 つまり、一気に攻めすぎるのは……いや、関係を進めようとしすぎるのは悪手だろう。

 なので……


「…………わ……ぁ……」


 俺ができる精一杯の最大限。

 一度やっても拒絶されなかった、現時点での親密度の限界値。


 頭を撫でる。


 その行為に、佐藤は体を硬直させた。


「可愛いよ、本当に可愛い」


「ぅ……ぐ……に、二回攻撃は……ずるいですっ」


「二着目だからおあいこってことで」


「……だ、だから……もう……っ」


 そう言って諦めたように微笑むと、佐藤は目を瞑って、行く宛のない両手を後ろに回した。それから、何かが漏れないように唇をきゅっと結ぶ。


「…………っ(ぷるぷる)」


「緊張しちゃう?」


「だ、だって、私……こういうの、慣れてなくて……ぁぅ、ぁ……いぁ…………は、話してると、声が、抑えられ……っ」


「別にいいよ。緊張って、我慢しない方がいいらしいし」


 自分のことは棚に上げ、きちんと手入れされた髪を丁寧に撫でる。


「……んん……ぁ…………っ」


「……美羽、このコーデのポイントは?」


「へ!? あー、えーっと、えっと……」


 珍しく素っ頓狂な美羽の声。

 パタパタと顔を手で煽っている。


「えーっと、えーーっと……あ、そうだ! あ、彩音ちゃんこれ、恥ずかしかったらいつでもパーカーのフードで頭隠せるから!」


「美羽?」


「……っ!」


 と、美羽に気を取られていたら、手元で佐藤が脱兎の如くフードを自分の頭に被せた。


「ぁ……これ、なんで……っ」


 ……その頭を撫でていた、俺の手もろともに。


「佐藤……?」


「ち、違うんですっ……日向くんの手まで捕まえるつもりなんてなくって……っ!」


「恥ずかしいなら全然いいよ。このままでも動かせないこともないし……ちょっと狭いけど」


「……っ! んぁ……ぁぁ……っ……」


「髪、引っ張っちゃったりしてないかな?」


「……だ、だい……じょう……ぶ、です……っ、けど、……こ、この密着感は、本当に……ぅぁ……」


「お兄ちゃんストップストップ! 止めて止めて止めて〜!」


 と、佐藤の緊張を慣らしつつ、その可愛いミニスカパーカー姿を見せてくれたことへの感謝を伝えていると、美羽が顔を真っ赤にして俺と佐藤の間に割って入ってきた。大慌ての様子で、フードの中から手が引き抜かれる。


「お、お兄ちゃんは、今まで美羽に女心の何を学んできたのさ〜!」


「女心? ……かは分かんないけど、そうだな……例えば、女の人の良いところはなるべく正直に褒めた方がお互いに気持ちいい……とか」


「ま、まさか諸悪の根源は美羽自身だったのか!? あ、彩音ちゃん、ここは一旦退くしかないみたい!」


「うぅ、日向くんの手が……優しい撫で方が……」


「もう手遅れかも!?」


 なんか美羽が一人で盛り上がってる。


「と、とにかく! 早く次の試着に移らないとだから、一旦さよならお兄ちゃん!」


「お、おう」


 佐藤を連れて素早くカーテンが閉められる。

 が、しかし、すぐに美羽が顔を出してきた。


「……っと、その前にお兄ちゃん、上着貸して?」


「上着? 別にいいけど、何に使うんだ?」


「ふひひ、そりゃあもう、お兄ちゃんが触れないくらいの美少女を生み出すために決まってるじゃん!」






「それじゃあ彩音ちゃん、ここに腕を通して?」


「う、うんっ」


「どう? おっきいでしょ?」


「うん……脚まで余裕で届いちゃう……そ、それに、この香り……っ」


「さっきまでお兄ちゃんが着てたやつだからね。初めて嗅ぐ……なんて、そんなわけないかな? 大丈夫そう?」


「だ、大丈夫っ。……すごく、いい匂いだからっ」


「だってよ〜お兄ちゃん!」


「……反応に困る。けどまあ、俺もずっと電車とかでいい匂いを嗅がせてもらってた訳だし、佐藤も同じだったなら良かったけど」


「うっ……っ」


「もう、またお兄ちゃんは……あ、彩音ちゃんあんまり動かないで! 美羽も男の人のボタンにはそんなに慣れてないから」


「そ、そんな……ふ、不可抗力だよ……っ」


「……だよね。ごめんごめん」


 なんていうやりとりが音声情報だけで伝わってくるのには、さすがに俺ももう慣れた。



 カーテンが閉まってから少し経ち。

 二人から聞いた情報がようやく形を成してきた。


 まず、俺の上着は、佐藤の次の試着に使われるようだった。どうにも店のオーバーサイズ系が全て売り切れていたらしく、俺の服で代用することにしたらしい。

 美羽曰く、いわゆる『男の子が好きそうな服』が早めに売り切れるのは、彼氏連れの多い店ではそこそこよくあることなのだとか。そして、俺の上着で代用しようと言い出したのは、意外にも美羽じゃなくて佐藤らしい。


 まあ、別のお店まで移動するのもこの混み具合だと簡単なことじゃないので、俺のでいいならいいんだけど。

 戻ってきた上着をすぐ着れる自信はない。


「はい、完成! もう最っ高に……いや、あんまり試着室に長居するのもアレだし、さっそく開けちゃうね!」


 そうして、音を立ててカーテンが開かれた。


 まず当たり前だが、佐藤が着ていたのは俺が貸したチェック柄の上着だった。

 上着といっても普通にワイシャツとしても着れるやつだから、それ一枚でもちゃんとトップスとして成立している……んだけど、服が大きすぎて露わになっている首元と、指の付け根まで隠す袖、さらにはふとももの半ばまで届く丈など、どう見てもそれはオーバーサイズに違いなくて……


 気怠そうというか、いつもより何倍もふわふわ感が強く感じられる。


「う……」


 そうして上から下へと佐藤を見ていく最中、俺の視線がふとももに差し掛かったところで、佐藤は恥ずかしそうに声を漏らした。

 もじもじとその白いふとももを擦り合わせて、シャツの下端をきゅっと押さえる。


「……佐藤、それ、下……」


「あ、あの、違いますよっ……ちゃんとズボン穿いてますっ」


「そ、そっか。なら良いんだけど」


「あ、その…………み、見ますか?」


「……いや、大丈夫」


 シャツをぺらりと捲りかけた佐藤の手を止めて、俺は深く息を吐く。


 オーバーサイズにショートパンツ。

 ミニスカートを提案した俺が言えたことじゃないけど、佐藤みたいな恥ずかしがり屋の女の子に、この組み合わせはなんと言うか……一体どうやって説得したのやら。


「言っておくけど、美羽は犯人じゃないからね!」


「……違うの?」


「違う違う! このコーデに関しては、美羽は彩音ちゃんが着たいって言ってくれたのをちょっと調整しただけだよ」


 言い切った美羽を見て、俺は佐藤に顔を向けた。


「わ、私だって、普段はこんなに肌を出したりしないんですよ……? ただ、その……今日は日向くんが見てくれるわけですし……よ、よろこんで、欲しくて……っ」


 そう言い終えた佐藤は、自分の下唇を噛んでいた。

 恥ずかしいから……ってだけじゃなさそうで、ちょっぴり自嘲気味に佐藤の目が流れる。


「佐藤……」


 まるで、「でも、私の脚なんかじゃ……」と続けるのを必死で我慢しているように、佐藤のふとももは必死でその身を寄せ合っている。


 そんな心配、全く必要ないというのに。


「ありがとう」


「……ぇ」


 その超が付くほどの心配性は、今ここで、俺がどうにかしてみせよう。

 そうじゃないと、これからも佐藤に『可愛い』って言いづらいじゃんか。

 

「今日、いっぱい可愛い姿を見せてくれて、ありがとう」


「……っっ!」


 そのための第一歩は、やっぱり佐藤を褒めるところから。

 でも、ここまでだったら、いつもと何も変わらない。


 ここから、もう一歩前へ進むんだ。


「佐藤、手貸してくれる?」


「……手、ですか?」


「うん」


「は、はいっ……どうぞっ」


 恐る恐る佐藤が差し出してきた右手を、俺は彼女が緊張しないようにそっと掴んだ。



 俺は別に、友達が多いわけじゃない。

 まして、心理学とかに精通してるわけでもない。

 だから、佐藤の緊張をほぐしたり、自信を持ってもらえるようにするための方法なんて、全部自己流で、経験値だって少なくて、上手くいくかなんて全く分かんない。


 でも、佐藤が……

 こんなに可愛い女の子が、『会話の練習相手』として俺を選んでくれた。高校最初の友達として、俺なんかを選んでくれた。

 俺といると安心するからって頼ってくれて、俺を喜ばせたいからって言って、慣れてない露出の多い服まで着てくれた。


「わ……ぁ……ぁっ……」


 その想いに応えるために、俺にできるのは……

 俺が最初にしなきゃいけなかったのは、多分、これだった。


 そう思って、俺は佐藤の右手を、ゆっくりと俺の左胸に触れさせた。


「は……っ、ぅ……ぁ……っ」


「伝わるかな? 俺の心臓……」


「……ぁ……、つた、…………ぁぁ……っ」

 

「普段は、もっとずっとゆっくりなんだよ?」


「……は、ぁ……ハ……ぅぁ……ぁ…………」


「なんでこんなに早くなってると思う?」


「…………っ……そ、……そん、な……私には……っ」


「分かんない?」


「…………っ…………や……」


 もう降参とばかりに佐藤が潤んだ瞳で見上げてくるが、今だけは白旗は許可しない。


「大丈夫。佐藤が思ってるので合ってるから」


「……っっ」


「俺を信じて。言ってみて」


「…………っ」


 上気した頬を携えて、唇を震わせて……本気で緊張してる様子だったけど……

 これが初めてかもってくらい、佐藤は下から、まっすぐ俺の目を見つめてくれた。



「………………わ、私の、せい……ですか?」



 そして、その言葉を確実に口にした。


「正解」


「……ぅぁ」


 奥で固まっている美羽に聞かれるのが恥ずかしくて、俺は佐藤の耳元へ口を寄せてから、小さな声で囁いた。


「……っっ、ぁ……っ」


 それで声を漏らした佐藤が可愛くて、俺の心臓がまた一つ強く鼓動する。


「ぁ……いまっ」


「気づかれちゃった?」


「……はいっ。あ、あの、これも……私の……っ」


「正解」


「……わ……ぅぁ……っ」


 今まで俺は、佐藤の緊張をほぐそうとばかりしてきた。安心してって何度も告げて、俺のことに慣れてもらって。

 でも、それじゃあ結局、『緊張してるのは私だけ』になってしまう。

 根本的なところで、佐藤を一人にしてしまう。


 女子高生の健康的な両脚は、『私だけ』って重石に耐えられるようにはできていない。例え佐藤みたいな、きめ細やかで綺麗なのでも関係ない。


 だから俺は、一人じゃないよ心臓の鼓動っていう確証で、その重石を取り除こうとした。

 そして、成果はあった。


「……これで、さっきまでより俺の言葉を佐藤の奥まで届けられるかな」


「……え?」


 心臓の鼓動が、100パーセントの本心だと証明してくれる。


「……全部、超可愛かった」


「ぁ……」


「もちろん今も超似合ってる。超可愛い。だから、見せてくれて本当にありがとう。めっちゃ嬉しい」


「わ……わ………ぁ……」


 ぴーん、と。

 緊張の糸が張り切れたように、佐藤が俺の胸に倒れてくる。


「……」


「佐藤?」


「……も、もうずっと、日向くんは私の…………いちばんの友達……っ、ですからね」


「喜んで。じゃあ、これからはもっと『友達』がすること、いっぱいしようか」


「……はいっ」


 今日みたいに休日に遊んだり、別の日には映画を見たり、ご飯を食べたり、互いの家に遊びに行ったり。そういうのを俺は、佐藤ともっとしていきたい。


「……わ、私、この格好、露出が多くて……ちょっとだけ、寒いです……っ」


 と、不意に佐藤が呟く。


「……だから、日向くんが……あ、あたためて、くれませんか……?」


「……」


 そう言った佐藤から伝わってくる熱は、明らかに平時よりも高かった。けど……


「……分かった」


「……っ」


 そういうのが全部どうでも良くなるくらいには、寄りかかってくる佐藤の体重が心地良すぎてダメだった。


 ……これも、一番の友達の、範疇だろうか。


 抱きしめはしない。

 けど、代わりに右腕だけを佐藤の背中に軽く回すと、彼女は吐息を一つこぼし、そして心の底から嬉しそうに、小さく小さく「……ありがとうございますっ」と呟いた。

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