第14話 ショッピングと佐藤③
「ふぅ〜、お兄ちゃんお待たせ〜!」
「す、すみません、ちょっと時間がかかってしまって……!」
二人が両手に洋服を持って試着室までやってきたのは、それから十五分ほど経った頃だった。
「ちゃんと着てみたいの選べた?」
「は、はいっ! ただ、一着だけ、その……」
「まあまあ彩音ちゃん! まずは選んできたのをお兄ちゃんに見てもらおうよ! ほら、中入って! 美羽が着替えさせてあげるから!」
「わっ、ありがとう美羽ちゃん……っ」
そう言って美羽に背中を押された佐藤が試着室の中へと入っていく。
続けて美羽も靴を脱ぎ、二人がそれぞれ手を振りながらカーテンの奥へと姿を消した。
初めに何か言いかけてた様子の佐藤だったが、美羽がついていたはずなので服自体に問題があるとは思いづらい。
「み、美羽ちゃん、脱ぐ方は手伝ってもらわなくても大丈夫だよ……?」
「それはそうかもだけど〜、えいっ!」
「ひゃっ……! も、もう……急に触ったらくすぐったいよっ……ふふっ」
「…………」
衣擦れの音と二人の楽しそうな声。
これは……俺が聞いててもいい音なんだろうか。
幸いにも周囲に人は少ないが、意識を逸らす先がないのも困りものだ。
「じゃあ彩音ちゃん、脚上げてもらってもいい?」
「も、もちろんっ」
「わっはぁー! 下から見る彩音ちゃんも超可愛い〜! 脚綺麗すぎだよ〜!」
「そ、そんなこと……っ」
「謙遜しなくていいんだよー! 彩音ちゃん本当に綺麗な体してるんだから、早く全部着てお兄ちゃんに見てもらおう!」
「……うんっ」
「緊張しなくても大丈夫! 彩音ちゃんの可愛さは、美羽が保証してあげる! ……だからお兄ちゃん! ちゃんと思ったこと伝えてあげてね〜!」
「最初からそのつもりだよ〜」
ついこの間まで俺の名前すら緊張して呼べなかった女の子が、今日は一緒に買い物に来てくれて、さらに色んな服を着た姿まで見せてくれようとしている。
きっとそこにはたくさんの緊張とか不安とかがあるだろうに、佐藤はそれを乗り越えて勇気を出してくれたんだ。その大き過ぎる彼女の成長を、俺の恥じらいなんかで無駄にしていいはずがない。
……要するに、似合ってたら褒め殺す。
その勢いで、佐藤と真摯に向き合おう。
「よし、できた!」
しばらくすると、美羽の声が分厚いカーテンを貫いてきた。
「う……本当に私、こんなに可愛いお洋服に釣り合えてるのかな……?」
「お兄ちゃんに訊いてみようよ! お洋服を選んだ美羽とも、実際に着てる彩音ちゃんとも違って、何のバイアスもかかってない純粋な感想を来れるだろうからさ!」
「う、うん……っ」
佐藤の不安そうな声が俺の耳に届く。
これは俺の想像でしかないが、佐藤は決して美羽の褒め言葉を無視しているわけじゃない。
ただ、普段着慣れていないであろう服を昨日の今日で着ることになって、気持ちが完全には追い付いていないだけ。
俺だって急に王子様か何かの格好をさせられたら、同性からの褒め言葉には苦笑しかできないだろう。
「じゃあお兄ちゃん、開けるよ?」
「いつでもどうぞ」
……でも、もし誰か。
誰か一人でも異性が誉めてくれたなら、それはきっと大きな自信につながるはずで……
「……ぅぁ」
するすると開き始めたカーテンの隙間から、佐藤の姿と声が漏れてくる。
そして、一秒にも満たない刹那の時間で、視界からカーテンが完璧に消え────
「…………ぁ…………」
────佐藤の姿を捉えた瞬間、俺の口から変な声が溢れ出た。
「…………っっ」
同時に、俺の姿を捉えた佐藤は視線を斜め下に落とすと、自分のお腹に両腕を回して必死に恥ずかしさに耐えているようだった。
顔が赤い。
頬が赤い。
しかし、それ以上に、肩が白い。
無防備にさらされた肩と鎖骨に、目が吸い寄せられて抜けられない。
「最初は白のオフショルダーと、ライトブルーのスカートにしてみたんだ〜! ポイントは、清楚感を保つためにスカートを長くしてること! 脚まで露出させちゃうと彩音ちゃん魅力的すぎちゃうかなーって思って、出すのは肩と半袖から先の腕だけにしてみたんだけど……どうかな、お兄ちゃん?」
「…………超可愛い」
「…………っっ!」
呟くと、佐藤はその華奢な肩をビクッと上に跳ねさせた。
美羽が言った通り、佐藤が最初に見せてくれたのは白のオフショルダーと水色のロングスカートの組み合わせだった。普段の落ち着いた印象の佐藤とは良い意味で異なり、爽やかな色の組み合わせがこれでもかと清涼感を溢れ出してくる。
それなのに感じてしまうこの妖艶さは、やっぱり大きく露出された肩周りの線と色が魅力的すぎるのが原因だろう……
「……ぅ……うぅ……っ……」
……が、それと同じくらい、恥ずかしそうに身を悶えさせる佐藤が魅惑的すぎて、色々あったはずの褒め言葉が一つを残して消えてしまう。
「……本当に、めっちゃ可愛い」
「ひぁ……っ」
小さな声。
消え入るようなその声が、佐藤の魅力をさらに増す。
「…………」
「…………っ」
「……可愛い」
「ぅぅ……っ」
「……すごい似合ってる。本当に超可愛いよ」
「……ぁ、ありがとう、ございますっ……」
「…………」
「…………っ」
「…………可愛い」
「……ぁ……も、もう……だめですっ」
くすぐったそうに目を閉じた彼女は、その震える唇を隠すためか、力の入っていない右手を口元に寄せた。
ふにゃふにゃな、握れてもひらけてもいない小さな右手で、必死に熱を隠そうとする。
「ぁ、あんまり、まじまじ見られると……わ、わたし…………こまります…………っ」
「……ごめん。でも、俺はもうちょっと見てたい」
「……っっ! ……うぁ……ぁぁ……っ」
目を大きく見開くのと同時に、佐藤の左手までもが顔を覆う。
それらを一歩近づいて、そっと胸元まで下ろさせる。
揺れる瞳をどうにかこうにか捕まえて、上から優しく覗き込む。
「俺のために、もうちょっとだけ困っててくれるか?」
「……………………ぁ…………は……は、い……っ」
頷いた佐藤は顔を真っ赤に染めていた。
我ながら少々無理をさせすぎている自覚はあるが、それでももう少しだけこの華やかな佐藤の姿を目に焼き付けておきたかった。
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