第12話 ショッピングと佐藤①

「とーちゃーく!」


「わぁ……す、すごい人ですねっ」


「……そうだな」


 電車に揺られること一時間。

 ようやくと言った感じで辿り着いた新造のショッピングモールは、予想通り大量の人で溢れ返っていた。

 どこを見ても人、人、人。

 しかもそれは俺たちお客さんだけでなく、初動の売り上げを伸ばそうと大声で消費者を呼び寄せるキャッチの人まで通路に出ていたり、見たことあるような着ぐるみが体を上下に揺らしていたりともう大変な坩堝るつぼが形成されていた。


 五月の影が迫ってきているとはいえまだ間違いなく四月で春のはずなのに、熱気という熱気にあてられて背中から容赦なく汗が流れ落ちる。


 しかし、それ以上に……


「これは手を離したら危なそうだねお兄ちゃん」


「……それにしても近くない?」


「え〜そうかな?」


「絶対近い」


「え〜〜」


 ……という具合に、さっきから美羽の距離が異常に近い。

 確かに手を繋ぎたいとは言われていたが、これは手というか完全に腕だ。腕を絡められてる。小さい体をやたら密着させてくるので、熱がこもって仕方がない。


「…………いいな」


「……佐藤?」


「はっ……ぁ……な、何でもないですっ」


 そしてこの暑いだけの状況を羨ましそうに見つめてくる佐藤がいるとなれば、俺を捕獲するための包囲網はあまりにも盤石……


「ほらほらお兄ちゃん、女の子が一人ではぐれちゃったら大変だよ!」


「分かってるよ。……佐藤、小指だけでいいから繋いでてくれるか?」


「ぁ……も、もちろんですっ」


 ……だったはずなのに、いつにも増して控えめな佐藤はその立場を一瞬のうちに獲物側へと変えてしまい、逆に狩る側となった俺の小指が見事彼女の小指を捕獲する。

 そのままするすると指を絡めつけ、絶対に逃がさないようしっかりと固定。


「す、すみませんっ。人が多いって、分かってたつもりではあったんですけど……っ」


「電車と違って人の数自体が多いからね。適当に飲み物でも買って、まずはゆっくり見て回ろうか」


「は、はいっ。ありがとうございますっ」


「美羽もいいか?」


「もちろん! みんなで楽しんでこそだからねー! あ、飲み物屋さんなら美羽行きたいところがあるんだ〜!」


「じゃあ案内は任せた」


「らじゃー!」


 歩く方向は美羽に任せて、俺は佐藤に集中する。


 ここ数日での成長が著しい佐藤ではあるが、電車と比べて何百倍の人がいるかも分からない大混雑の中では、いくら何でも普段通りにとはいかなかった。

 ……というか、こういう場所で普段通りに過ごせるようなら、そもそも『会話の練習がしたい』なんて言い出して来ないだろう。


「俺がいるから大丈夫だよ」


「……え?」


 それにもしかしたら、この前痴漢された経験が佐藤の人見知りに拍車をかけているのかも……


 そう思って一応声をかけてみたんだが、佐藤はきょとんと首を傾げた後、俺の意図に気づくと優しい笑みを浮かべた。


「……あ、あの時のことは、本当にもう気にしてないですよ。日向くんが助けてくれたから、怖かった思い出よりも、あ、安心感の方が強く残っていますからっ」


「……そっか。それなら良かった」


「はいっ。……なので、今はその……なんだか周りの視線を感じるような気がして、それがちょっと……」


「あー、そういうことか」


 腰まで伸びたさらさらな黒髪。

 熱で上気した滑らかな肌。それを隠す紺色のブラウスとベージュのスラックスは、彼女の魅力を増すばかりで、美羽が手を加える前から佐藤は十分に魅力的だった。


 そんな整った容姿の女の子が恥ずかしそうに瞳を伏せていたら、すれ違う人がちらほら視線を向けて来るのも無理はない。


「見られると緊張しちゃう?」


「……はい。な、なんと言うか、『私今、おかしいことしちゃってるのかな』って、少し不安になります……っ」


 通りすがりの女の子を見るのに恍惚とした表情を浮かべる人はいない。

 それどころか笑顔すら浮かべずに視線だけを向けられる感覚は、きっと佐藤のような容姿端麗な女の子を少なからず悩ませる問題で……


「じゃあ、俺が保証する」


「……え?」


「佐藤に人から笑われるような要素なんて、俺の知る限り一つもないよ」


「……っ!」


「見た目はもちろん、声だって性格だって、ダメなところなんて一つもない。むしろもっと堂々としててもいいくらい、俺の自慢の友達だよ」


「……日向くんっ」


 佐藤を痴漢から助け、初めて言葉を交わした時だって、彼女はちゃんと俺に「ありがとう」を言ってくれた。

 それが言えた時点で、佐藤の内気な性格は欠点になんかならないと俺は思う。


「だから佐藤……繰り返しになっちゃうけど、俺がいるから大丈夫。みんな佐藤が綺麗で見惚れてるだけだから」


「……っっ! ひ、日向くんは、どこまで私を……」


 小さな声で何かを呟いた佐藤だったが、周りの喧騒が邪魔をして俺にはよく聞こえなかった。

 ただ、少しスッキリしたように微笑んだ佐藤が俺の腕に身を寄せてきたので、それが肯定的な言葉だったと確信する。


「……ありがとうございます、日向くんっ」


「自信持って。恥ずかしかったらいくらでも俺の腕を隠れ蓑にしていいから」


「……はいっ」

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