第11話 子ども好きな佐藤

 日が回って日曜日の朝。

 目的のショッピングモールへは、普段通学に使っているのとは逆方向の電車に乗る必要があるようで、電車初心者の俺としては非常に違和感のある滑り出しとなっていた。


「えーっと……確か佐藤は後ろから二つ目の車両に……」


「ねぇねぇお兄ちゃん、見てあの人。あれ絶対アイドルが変装してるやつだよ……!」


 ……と、普段ほとんど電車に乗らない『可愛い好き』な妹が突然変なことを言い出した。


「わざわざ自分に似合わないメガネまでかけて……。うぅ、美羽あの人めっちゃ着飾りたい……!」


「どこ?」


「あそこあそこ!」


 興奮気味な美羽に釣られて目を向けると、そこにいたのは俯きがちに、でもわくわくした様子で優しい表情を携えた、ポテンシャルの塊のような可愛らしい女の子。


「おお、すごいな美羽。あの人だよ俺の友達」


「ウソ!?」


 未だ完全には拭えていない地味さ。

 それでも伝わってくる人としての明るい魅力。


「おはよう佐藤。悪いな急に声かけちゃって」


「ぁ、お、おはようございます日向くんっ。いえ、私もショッピングは大好きなので、むしろ誘ってくれて嬉しいですっ」


 いつも通りの安心感。

 そんな佐藤の魅力と言葉が俺の違和感を一瞬で溶かしてくれる。


 ……それに、メガネありなら今まで通りに接せるな。


「……え、えっと、そちらが日向くんの……?」


「うん、妹の美羽」


「わぁ……っ! とっても可愛いじゃないですかっ! ぁ、その……は、初めまして! 日向くんのクラスメイトの、佐藤彩音です。き、今日は誘ってくれてありがとう、美羽ちゃんっ」


「はっ……か、かっ……かわっ……」


「美羽、挨拶は?」


「……ハッ! は、初めまして! あ、あの……あ、握手してもらってもいいですか!?」


「こら」


「ふふっ、私で良ければ、もちろんっ」


「わぁぁ……! ありがとうございます!」


 興奮気味な亜麻色のツインテールと、これまた少し興奮気味な黒髪ロングが楽しそうに揺れる。

 いや、それよりも佐藤……


「俺とも握手──」


「ひ、日向くんとは、まだ小指じゃないとっ」


 そう言って差し出された小指に苦笑し俺のを絡ませてあげると、佐藤は美羽の時とは少し違う甘味の強い笑みをこぼした。


 ……まあ、握手は急ぐことでもないけどさ。






 日向兄妹で佐藤の両手を独占し、電車に揺られること早三十分。


「美羽ね、彩音ちゃんには絶対グレーのニットワンピが似合うと思うんだ〜! あ〜でも彩音ちゃんの魅力を最大限に引き出すなら、スタイルの良さを活かすAラインスカートも捨てがたい……いや! いっそのことオーバーサイズでちょっとだけあざとさをプラスして……!」


「み、美羽ちゃん、本当に今日は私の洋服を選んでくれるの?」


「うん! というより、美羽に選ばせて欲しいの! 彩音ちゃんのお洋服!」


 なんとなく予想していたことではあるが、美羽と佐藤の相性はかなり良かった。

 女の子同士話が合うというのもあるだろうが、何より一番の要因は……


「じ、じゃあ、今日は美羽ちゃんにお願いしちゃおうかなっ。……ねぇ美羽ちゃん、お返しに、私にも美羽ちゃんのお洋服選ばせてくれる?」


「いいの!? 彩音ちゃん好き〜っ!」


「か、可愛いっ……。日向くんっ、美羽ちゃんとっても可愛いですっ!」


 ……こうして、美羽のわがままにも優しく付き合ってくれる佐藤の器の広さと、その『子ども好き』な性格が抜群にマッチしていることだ。


 おかげで美羽の方も容赦なく佐藤に甘えることができていて、三十分前とは違い、今では俺が一週間かけてもゲットできなかった名前呼びの権利まで獲得していた。


「二人が仲良くなれたようで何よりだけど、美羽も佐藤もあんまり大きい声出さないようにな」


「あ、確かに……! 彩音ちゃん、しーっ」


「ふふっ、しーっ」


 二人が繋いでいた手を離し、その指を鼻に当てて楽しそうに笑う。

 ……あ、佐藤だけちょっと恥ずかしそう。


「……わっ」


 しかし、その恥ずかしさを紛らわせるのがここ最近の俺の役目であり、今日の話をするなら佐藤を誘った人間としての当たり前の責任であり……


「あ、ありがとうございます、日向くんっ」


「このくらいならお安い御用だよ」


 きゅっと小指に力を入れて手の熱を伝えてやると、気づいた佐藤が嬉しそうにはにかんでくれる。


「二人とも仲良いんだね〜、普通は男女で手繋がないよ?」


「……これには深い事情があるんだよ」


 主に佐藤の諸事情が。


「そっ、そうだよ美羽ちゃん。これはその……私が繋ぎたくぁ……じ、じゃなくて、私たちの……」


「まあ、美羽もいつか分かる日が来るよ」


「え〜〜、そうかな〜?」


「み、美羽ちゃんもいつか、素敵な人と出会えれば……っ!」


「素敵な友達とな」


「ぅ……は、はいっ……!」


 美羽にバレないようこっそりと佐藤の手の甲を撫でてみると、彼女はくすぐったそうに吐息をこぼし、わずかに俺の方へと身を寄せてきた。

 そしてまた「ふふっ」と嬉しそうに笑ってくれる。


 名前呼びは無理だったが、この一週間で佐藤とはかなり仲良くなれた。

 小指繋ぎも、肩に頭を預けてくるのも今では遠慮なく自分からしてきてくれるようになっていて、その度に幸せそうな笑顔を見せてくれる。


「……美羽、お兄ちゃんとも手繋ぎたい!」


「わ、私も、日向くんと触れ合っていたいですっ」


「美羽は危ないから向こうに着いてからな」


「う〜、分かった〜……じゃあ、今は彩音ちゃんともっとくっついちゃおっと!」


「わっ! も、もうっ、助けてください日向くんっ……美羽ちゃんが可愛すぎますっ……!」


 わいわいしながら美羽が佐藤に、佐藤が俺に密着してくる。


 清潔感のある香り。

 加えて佐藤の腕の柔らかさが容赦なく俺の心をくすぐってくる。


「ごめん。美羽は可愛い子大好きだから、スイッチ入ると俺にも止められない」


「そ、そうなんですねっ。…………ぇ、いま……っ」


 まあ、佐藤が本当に困ってたら止めるけど、今は全くその必要を感じない。


 ……とはいえ。

 佐藤の顔が赤いのも事実なので、注意して見守ることにしよう。



【あとがき】

超大雑把な作者注!


*Aラインスカート・・・腰できゅっと締め、下に伸びるほど左右に広がるスカートの形が『A』に見えるためこの名前! 丈が膝下より長いので脚を長く見せる美脚効果に加え、腰のラインも魅力的に表現することができます!!


*オーバーサイズ・・・その名の通り、本来その人が着るには大きすぎるシャツなどのこと。『彼シャツ』のイメージが分かりやすいと思います!!

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