第4話 耐えられない地味子

 連絡先を交換したからといって、学校で俺と佐藤の会話が急激に増えたりはしなかった。

 まあ、お互いのことをまだ全然よく知らない俺たちなので、当たり前のことではあるのだが。


 例えるならばそう。

 学校のグループワークでたまたま一緒になっただけの人と、グループワーク以外の時間も一緒に過ごすかと言われれば、そんなことはないだろうといった具合。


「薫ー、学食行こー?」


「ん〜」


 四時間目の体育が終わり、クラスメイト達がまばらに昼食へと向かう中、俺はようやく水分補給を済ませて立ち上がったところだった。

 ランチのお誘いをくれた親友と並んで、のんびりと歩き出す。


「湊は今日もお弁当か?」


「買い食いばっかの誰かさんと違って、オレは健康意識が高いからなぁー」


「うるさい。お前はお母さんに感謝しとけ」


「母サンキュー」


「本人に言ってやれって……」


 俺も湊も高校へは実家から通っているのだが、出張で家にいないことが多い俺の両親と違って湊は毎日お母さんにお弁当を作ってもらっている。

 それが購買の焼きそばパンなんかよりよっぽど健康的なのは、わざわざ言われずとも分かってる。


「……あれ?」


「どーした?」


 ふと。

 雑談しながら見回した体育館の片隅で、最近よく見る黒の長髪が揺れていた。


 …‥何やってるんだ?


 そう思った時には、既に俺の足は止まっていた。


「悪い湊、先行っててくれるか?」


「別にいいけど。あんま長時間オレを一人にしないでくれよ?」


「一途かよお前は。じゃあまた後でな」


「んー」


 特に理由を尋ねてくることもなくひらひらと手を振った湊の背中を見送って、俺はその黒髪の方へと体を向けた。






「……ふぅ〜」


「手伝うよ」


「わ!? ぜ、全然サボってないですっ! ちょっと休憩してただけで……って、ひ、日向くんっ!?」


 例の黒髪の持ち主である佐藤に声をかけると、彼女はビクッと肩を跳ねさせてからあわあわし、俺の方を向いてからまたあわあわと口を歪めた。

 なんか毎回驚かせてちゃってるな……


「ごめん、普通に声かけたつもりだったんだけど」


「い、いえっ。む、むしろ、嬉しくてびっくりしたと、言いますか……あぁいや、その……嬉しいと言うよりも、し、心臓が……ドキドキってして…………あれ?」


 自分が何を言ってるか分からなくなったのか、佐藤は首を傾げて固まった。


「……あれ、あれれっ」


 そして、ゆっくりと自分の胸に手を当てて、これまたゆっくりと頬を紅潮させていく。


 これは……かなり心臓にくる驚き方をさせてしまったか。基本気弱な佐藤の性格を知っていた身としては、ちょっとだけ申し訳ない。

 次からはまず視界に映るようにしよう。


 とりあえず今は……


「後片付け、先生に頼まれたのか?」


「ぁ……は、はい。先生、このあと用事があるみたいで……」


 どうやらそういうことらしい。

 一周回って落ち着いたのか、佐藤がふわふわした様子で教えてくれた。


 彼女が先生から押し付け……任されたのは、体育の授業で使った小道具の回収と、それを倉庫に戻しておくことのようだった。

 まあ、体育の後片付けを生徒がさせられることなんて、小学校からある伝統行事みたいなものだが。

 それに、用事があるというのも本当だろう。


「で、でもっ、大丈夫ですよ、私一人でもこのくらい……」


「大丈夫だろうけど、二人の方が早いでしょ」


「そ、それは、そうですけど……ぅぅ」


「残念なことに、見渡してももう俺しかいないんだなぁ」


「む、むしろそれが……っ」


 今日の朝に電車で佐藤と連絡先を交換してから、学校で喋ったのはこれが初めてのことだった。

 というか、過去含めても学校で喋ったのはこれが初めてかもしれない。


 しかし、佐藤はもう友達。

 面倒な仕事を一人でさせるわけにはいかない。


「カラーコーン集めればいいの?」


「は、はいっ。あ、あの、ありがとうございますっ」


「全然いいよこのくらい」


 そう言って俺は体育館を対角線上に走り、佐藤とは反対側の角からとんがり……じゃなくて、カラーコーンを集め始めた。

 拾っては走り、また拾っては走り。


 案の定、二人でやると早かった。

 数分とかからずに俺が体育館の中央を越えて次の列へ入ると、正面に佐藤の姿が見えてくる。


 今朝上げていた前髪をそのままに、佐藤が拾っては走りの動作で、段々と俺に近づいてくる。同様に俺からも佐藤に近づいていくので、距離が縮まるのはすぐだった。

 ……なぜかコーンを一つ拾うたび、佐藤が明後日の方を向いていたが。


「これって体育館の倉庫でいいの?」


「は、はいっ、そのはずです」


 合流し、佐藤と二人で倉庫に向かう。

 本当は俺一人でもいいのだが、おそらく佐藤は嫌がるだろう。


「あ、そういえば」


「ど、どうしました?」


 なんとなく思い出したことがあって、佐藤に声をかけてみる。


「前髪、みんなからも好評だったね」


「ぅ……そ、そうですね。ありがたいことにっ」


 朝のホームルームが始まるまでの間、佐藤のイメチェン(まあ前髪を上げただけではあるが)は、クラスメイト達の話題の多くを攫って行った。

 なんなら一部男子達の間では失礼な噂も流れたくらいである。



『佐藤彩音 普通に可愛い説』



 いや失礼だろ。

 主に『普通に』と『説』の部分。


 まあ、俺は遠目にそんながやがやを見守っていたのだが、ついに『佐藤さん可愛くね?』の声に耐えられなくなった佐藤が机に顔を伏せたところで、話題も自然消化されていった。


 なにせ、佐藤の地味さは動くほど発揮される。


 前髪を上げて第一印象が明るくなったのは確かに大きな変化ではあるものの、それ以外の猫背とか会話術とかが何一つ変わっていないので、話題の賞味期限は午前中いっぱいも保たなかった。


 それでも、前髪を上げただけでこの話題性。

 佐藤の持つポテンシャルの高さは俺なんかでは到底計り知れないなと改めて思う。

 

「な、なんか、また……恥ずかしくなってきましたっ」


 呟いてからてててー、と先へ行ってしまうので、俺は小走りで佐藤の後を追った。

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