第125話 俺、地上キャンプを計画する


「え? キャンプ?」


 音奏はびっくりしたような顔で俺が広げたパンフレットを見つめた。そこには元気に走る犬たちとその傍らでテントを広げる家族。


「ドッグラン施設があるキャンプ場なんだけど。今度、成瀬さんと幸田くんファミリーと俺らでいくドッグラン。ピクニックにできたらと思ってさ」


「いいじゃん、いいじゃん! そっか、キャンプ場ってピクニックだけでもできるんだね?」


「そうそう、犬もOKだから火は炊事場だけだけど十分かなとおもってさ」


「だね〜、英介くん天才! じゃあ、みんなとは夕方前に解散して私たちはお泊まりしようよ! ね〜いいでしょ?」


「俺、地上でキャンプしたことないかも」


 ダンジョンでのキャンプは数知れず。けれど、地上での、完全に安全な場所でのキャンプはしたことがない。


「英介くんそれまじ?」


「まじだ」


「じゃあ、なおさらやろう!」


「わかった。けど……俺と幸田くんはちょっと成瀬さんと込み入った話があってさ。音奏はカナさんとユキちゃんと遊んでいてくれるか?」


「込み入った話?」


「あぁ、仕事のこともあるんで深く話せないが……成瀬さんが仕事にもう少しだけポジティブに向き合えるようにさ。そう思って」


 音奏は少しだけ考えた後、俺のことを見て何か感じたのか「うんいいよ!」と元気に返事を返してくれた。

 そう、成瀬さんの件はつい先ほど琥太郎くんのところで調べがついていたのだ。



***


「うっす! お久しぶりです」


 蓮は一回り大きくなってなんだか逞しい。日頃のトレーニングのおかげか、元々の素質のおかげか。


「なんかでかくなったな?」


「日々のトレーニングっすね。あと、岡本さん。俺、高卒認定合格しました!」


「おぉ! おめでとう。じゃあ今年は受験生か?」


「そうっす。今年から挑戦してみてって感じですね。帝大法学部」


「帝大法学部?!」


「はい。琥太郎さんがどうせなら日本一の場所で法律学んでおけば探偵業にも役に立つって……」


 琥太郎くんが「弁護士代を浮かそうとしている」ような気がしてならないが、本人は嬉しそうなので良いとするか。


「お、コピーはこっちだよ〜」


 部屋の奥から琥太郎くんがファイルを持って現れると、蓮が「お疲れ様です」と頭を下げた。


「ありがとう。読んだらすぐに帰るよ」


「蓮、お客さんにお茶出したら今日はもう上がっていいよ。勉強しないとだろ」


「うっす! ありがとうございます!」


 奇妙な師弟関係を横目に俺はファイルに目を通す。そこには、以前死亡したDLSの協会員の情報が入っている。

 1人、また1人と情報を見ていく。



九条野 誠 27歳



 一際若い彼の役割は「タンク」である。白狼のダンジョンで唯一生き残りダンジョン入り口まで生還した人だ。ただ、両腕を失い、半死半生。その後、政府管轄の病院で死亡している。



【備考: 婚約者あり。同じDLSの成瀬ひとみ。婚約中だが大学時代からの知り合いで数ヶ月後入籍予定】



「琥太郎くん。ありがとう。これ差し入れ置いとくね」


「おっ、俺の好きなシュークリームだ。ありがとうございます。またなんか調査依頼があればいつでも」


「ありがとう。それじゃあ」


 成瀬さんは俺の読み通り、大切な人を亡くしていた。多分、報告書を隠すようになったのも、お花見で仲良くなった俺たちを守るため、難易度の高いダンジョンの調査依頼に行かせないようにしていたというのが俺の推測だ。

 

 俺は、両腕を失い見るも無惨な姿になった恋人を看取った彼女の気持ちを想像するだけで胸が痛くなった。俺の母さんも、親父が死んだ時に同じような思いをしたはずだが、母さんには俺がいた。けれど、成瀬さんは1人なのだ。

 あの寂しい事務所に1人、ずっと1人だったはずだ。



***


「英介くん、考え事ですかな〜」


「ですね」


 鼻腔をつくいい香り、22時、お夜食には罪深い時間だ。


「お代官様〜、音奏ちゃんが昼間に食べたワックのポテトをリメイクしましたぞ。いっぱいいかがですかな?」


「ポテト?」


 テーブルにはグラタン皿、よく見るとポテトの上にミートソース、チーズ、バジルが乗っかっている。チリソースなのか辛さを感じる香りがピリリと目に沁みる。


「チリチーズにアレーンジしてみたんだぁ。市販のミーソトースにチリパウダー追加であっためて〜チーズとバジルを乗っけて焼くだけ! 明日は浮腫むの必須な悪魔の食べ物だよぉ」


「うまそう」


「ワックのポテトってどうしても揚げたて以外はへにゃへにゃになっちゃうじゃん? けどこうしてチリチーズフライにしちゃえば美味しいよね〜って英介くんが言ってた」


「俺が言ったな。そういえば」


「えへへ〜、彼氏の受け売りなのでした! 本当はニンニクバチバチのガーリックグレイビーソースにしたかったけど明日も英介くんはお仕事なのでチリソースです! さぁ、かわいい彼女と一緒に食べようねぇ。はいあ〜ん」


 半強制的に口に入れられるチリチーズフライ。結構辛くて、チーズは激アツでそれでいてバジルがいいアクセントになっていてうまい。

 美味しそうに食う俺、デレデレと笑う音奏を見て、ふと思った。


 もしも俺が、ダンジョンで死んだら?


 音奏を残して死ぬことは考えたくない。俺は強くて多分だけどそこそこのダンジョンでは死なないと思う。けれど、そんな傲慢さを捨てないといけない。最新の注意を払ってダンジョンへ行こう。

 これからは自分のためじゃなくて、この目の前の笑顔を守るために。


「うまっ、ありがとう。音奏」


「いえいえ〜、元気が出たようで何よりですよ〜」


 音奏は顔をくしゃっとして笑うとフォークを握ってチリチーズフライを一口頬張った。





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