23章 俺、上司になる

第124話 俺、職場を調査する



 成瀬さんが隠していた報告書はすぐに見つかった。彼女が管理しているファイル棚の端にまとめて置いてあった。

 おそらく、完全に削除してしまうのは罪悪感が働いたんだろう。


「どれもこれも、難しい案件ばかりだな」


 定時後、残業1時間半。

 公共機関の日本冒険者協会は窓口はしまっているし、ほとんどの協会員は帰宅している。一部の管理職と時差勤務の人間しか建物には残っていないので電気もまばらにしかついていない。


「お疲れ様です、今戻りました」


「お、幸田くん。おかえり。お疲れ様、怪我はないか?」


「はい、おかげさまで。今日はS級ダンジョンの定期調査で業務委託のパーティーメンバーも全員無事です」


「よかった。報告書は明日でいいから今日はもう帰っていいぞ」


「あざっす。そうだ、岡本さん、うちの妻が音奏さんにお世話になってみたいで……ありがとうございます」


「え、そうなのか?」


「はい、妻は俺と結婚して俺が転職するのにこっちに引っ越してきて友達も新しいママ友しかいなくてなんだか落ち込んでたんです。けど、音奏さんが仲良くしてくれてるみたいで」


 音奏のコミュ力は凄まじい。弁護士からママさんまで……、俺も上司になっていくんだから見習わないといけないな。


「お礼言われるようなことじゃないさ、特に俺がさ」


「まぁそうかもしれないっすけど……妻は『久しぶりに名前で呼んでくれる人ができてすごく嬉しい』って」


「名前?」


「はい、俺と結婚してからは幸田の奥さんとかそんなふうに呼ばれたり、娘のユキが産まれからはユキちゃんママって呼ばれることが多いらしくって。だから、音奏さんが妻をカナちゃんって呼んでくれるのがすげーうれしいみたいで」


「そうか……、あいつらしいな」


「おっ、いいっすね〜。今度惚気話を聞かせてくださいよ。ぜひ、お互いに調査がない時に飲みながらでも! 男同士」


 幸田くんはそういいつつさっさと帰り支度をする。後輩ムーブをして俺をしっかりと立ててくれるが、彼は妻子を持っているという面では俺よりも先輩なのだ。


「わかったよ。じゃあ、また明日」


「はい、お先に失礼します」


 元気に帰っていく幸田くんを見送って、俺はもう一度、成瀬さんが隠した報告書を読み直す。

 そのダンジョンの難易度が高そうというだけで規則性はない。すべてがダンジョンの定期調査で緊急性は低く、いわばこの報告書がなくても何も問題にはならない。


「やはり、前のメンバーか」


 俺は、あることを思い出して退勤後スマホで電話をかける。イヤホンをつけて、相手が電話に出たのを確認するとエンジンをかけた。


「どーも〜、琥太郎です」


「どうもっす」


「ご依頼ですか? 高いですよ」


「いや、前回頼んだDLSのメンバーについての報告書さ。琥太郎くんの方で控えとかって持ってたりしないか?」


「あ〜、一応全部の案件の控えコピーはうちの事務所にありますよ。けど、今日は俺も蓮も出払ってるんでアポ取るなら明日の夜ですね」


「了解、明日の夜18時に伺うよ」


「ちなみに、どうして?」


「あ〜、実はDLSのメンバーの交際相手の情報がもう一度見たくてさ」


「了解っす。じゃあ、明日の18時に俺か蓮がお待ちしてます〜、それじゃ」


 立て込んでいるのか一方的に切られた電話に苦笑いしつつ、俺は車を走らせた。


 なんとなく、成瀬さんが報告書を隠している理由は想像はついていたが、想像で部下を指導することはしたくない。俺は、自分が上司に寄り添ってもらえなかった経験をちゃんと活かし、いい上司になりたい。


 だからこそ、下調べや情報集めは入念に行っておきたい。


「俺も、ダンジョンで大事な人を失ったことがあるからさ」


 ボソッとつぶやいてエンジンを切る。スマホには音奏からのメッセージが1件と添付が1枚。「待ってるよ」と美味しそうなお手製牛丼の写真だ。端っこに写っているシバは満足そうに舌を出している。


 仕事が終われば帰る家があって、好きな人がいて……俺は幸せ者だな。


「ただいま!」


「英介くんおかえり〜! ご飯作ったよ!」


「英介おかえり!」


 俺は幸せを感じながら食卓へと向かった。






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