第107話 俺、忙しくなりそう(?)
「じゃあ、僕はこの辺で」
雪平さんは玄関でそのまま挨拶を終えるといそいそと帰っていき、新人マネージャーの高橋さんだけが取り残された。とはいえ、俺たちと高橋さんは顔見知りどころか結構仲のいい方である。
「さ、上がって上がって」
音奏は半ば高橋さんを引っ張るように家の中に入れると、彼女をリビングのソファーに座らせて自分はキッチンへと歩いていった。
シバはご機嫌だが高橋さんのスーツを傷つけないようにそっと彼女の隣に寄り添っている。
「そういえば、新しいお家見つかったんですか?」
「あぁ、うん。2人に事務所を紹介してもらうまでホテルで過ごしてたんだけど、雪平さんに手伝ってもらってなんとか事務所の近くのボロアパートを借りたわ」
「ボロアパートって……もしかして、うちの事務所結構ブラックです?」
「ううん、看護師時代の給料と同じからスタートだしそんなことはないと思うけど……私あんまり住むところに執着がないと言うか。風呂があればいい的な?」
そうだ、この人は俺が住んでいたあのアパートに住んでいたんだ。女性なのにセキュリティーとか大丈夫なのか? また廊下でぶっつぶれてないといいけど。
「お茶淹れたよ〜」
「あぁ、音奏ありがとう。すまんな」
「いいのいいの。なんか、奥さんって感じしない?」
まだ結婚してないけどな、と言いかけてやめておく。いずれはしたいと思っているし、今の雰囲気を壊したくないし。
俺と音奏は高橋さんの向かい側に座り、改めて彼女から名刺を受け取った。
「今日から、2人のマネージャーとしてお仕事をさせてもらいます。2人とは前から仲良くしてもらっているけど、お仕事はお仕事だから悩み事や困り事もいつでも相談してね」
と言われても俺もインフルエンサーとしては新人すぎてよくわかっていない。マネージャーという存在がどんなもので何をお願いすればいいのか、他のインフルエンサーはどうしているのか……
「有紗ちゃん! いっぱいお仕事したいんだけど〜! 私も英介くんも!」
「えっ、音奏そんな急に言っても高橋さん困るだろ」
音奏のギャルマインドが炸裂し高橋さんが「ふふっ」と吹き出した。何気に俺も仕事を欲していることをバラされたし。
「わかった。一応、2人と2人の視聴者さんに会う案件を探せればと思うけど……2人はどんなのがいいとか希望はある? 営業さんに掛け合ってみる」
音奏は首を傾げる。今の部分にわからないところがあっただろうか?
「営業さん?」
「あぁ、事務所で案件をもらってくるのは営業さんなのよ。営業さんがクライアントのところにいって『うちのインフルエンサーで広告を打ちませんか〜』って売り込んでくれるの」
なるほど、てっきりこう言う事務所系ってクライアント側からキャスティングオファーがあるもんだと思っていたが、事務所側の営業が売り込んで起用していただく……ってルートもあるんだな。
元メーカーの営業だった俺としては頭があがらない、つまり俺たちインフルエンサーは一種の商品ってわけだ。身が引き締まるぜ。
「英介くん、わかった?」
社会人経験のない音奏にはよくわからないらしい。不安げに俺の方を見ている。
「俺はわかるよ、元メーカーの営業だし。まぁかいつまんで言うと案件くれねぇかって探してくれるってこと」
「そっか、じゃあ私だったらメイクとかゲームとか? 英介くんだったら食べ物とかわんちゃん、あとはキャンプ系とか?」
高橋さんは腕を組み少し考え込むように首を捻る。音奏の提案は良いが、そのジャンルなら売り込まずとも案件はきそうなものだしな。
「それは動画を見てくれる人ならわかることじゃない? そうじゃなくてもっと意外性のあるものとか。ほら、たとえばお酒のCMって実際の酒飲みよりも清純系を使ったりするじゃない? そういう意外性みたいなのも大事なの」
高橋さん、最近看護師から転職したほぼ未経験だよな……??
「うーん、なんだろ。英介くんなんかある?」
「そうだな……意外かどうかはわからないけど、俺スピーカーとかイヤホンとか好きなんです。こうガジェット系といいますか」
「ほうほう、じゃあPCとかも?」
「はい、時間ができれば組み立てとかほら、音奏のゲーミングPCとかも自作したいなーとか」
「英介くん、そういうの好きだったんだ。知らなかった」
「まぁ、好きっていうか黙々と作業できたり持っていると環境がよくなるようなものがテンション上がるっていうかさ」
「なるほどね、音奏もそういうふわっとしたことでもいいからあったら教えてね」
「はーい」
シバがちょんちょんと高橋さんの膝に前足を置く。ストッキングを傷つけないようにそっとしているからか、その動きが絶妙に可愛い。
「あら、シバちゃんどうちたの?」
シバ相手には赤ちゃん言葉になる彼女、仕事中ですぞ。
「有紗、オレ。おやつの案件いっぱいやりたい」
高橋さんは今にも鼻血を出しそうなほど真っ赤になり、シバをもふりたいのを我慢しているのかぐっと唇を噛んだ。
「そうね、シバちゃん……のおやつ食べるところは人気だからたくさん」
「なぁ、オレがもっと可愛くなったらいっぱいおかしもらえる?」
あざとイーヌ。高橋さんは持っていたペンをポーンと投げるとシバをむぎゅっと抱きしめた。
「あーあー、有紗ちゃんお仕事だから我慢してたのに」
「これはシバがあざといわな」
「シバちゃん〜〜〜、お姉さんがいっぱいお仕事さがしてきてあげるからねぇ。いっぱいおやつ食べようねぇ。可愛いねぇ、可愛いねぇ」
シゴデキ感満載の新人マネ高橋さん。
これから俺は死ぬほど忙しくなるのかもしれない。
*** あとがき ***
おかげさまで
【書籍化・コミカライズが決定】しました!!!
※レーベル様・発売日等は追ってお知らせします。
書籍化に向けて応援してくださった読者様、ありがとうございます。
これからも楽しんでいただけますと嬉しいです。
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