20章 俺、社会人に戻る
第108話 俺、やってみたいことを考える
「やってみたいことリスト?」
電話口で高橋さんが言ったことに俺と音奏は首を傾げた。スピーカーホンの先はなんだか慌ただしい様子で彼女は外回りにでも行っているようだった。
「そうそう、この前話した通りインフルエンサーとしてたくさん活躍していくならいろんな案件に挑戦してほしいと思うの。だからね、大小問わずにどんなことをやってみたいかってリストにしてみてほしいなって思って。さっきメールにシートを置く手置いたから2人でよく考えて埋めてみてほしいです」
PCを確認してみると「やってみたいことリスト」なるものが送られてきた。俺も社会人時代によく使っていたシートでなんだか綺麗に整理されている。看護師さんと言えばそんなに事務作業をしないイメージだったが……、やってみたいリストのシートの別タブには書き方見本や案件例などが綺麗にまとめられている。
こんなにみやすいリストは始めてだ。あの雪平さんが「優秀だ」というのがよくわかる。多分、看護師時代の勉強熱心さを事務職やマネージャー職に向けたんだろう。
「わかりました。音奏と一緒にやってみます」
「じゃあ、また新しい案件候補がでたら連絡するわね。よろしく」
バリキャリの雰囲気を漂わせる語尾で切れた電話。俺と音奏は顔を見合わせた。
「なんか、英介くん。めっちゃワクワクするね!」
「確かに、案件たくさん頑張って夢のマイホーム……!」
今のところ、決まったのはシバの犬用ベッドとおやつの案件のみだ。ちなみに、シバ関連は案件が殺到しているせいで多くを受けられない状態になっている。というのも、企業案件は「競合案件NG」という縛りをつけられることが多い。
なので物によっては案件の打診があっても受けられないことがあるのだ。なので、シバが一番お気に入りの企業と長期間のスポンサー契約を結ぶ形で集結することに……俺もびっくりの契約金額でだ。
実はそれだけで田舎になら結構な大きさのお屋敷が建つんじゃないかと言うくらいの金額ではあるが、やはり来年の税金を考えるとすぐにポンと家を建てることはできないという判断になった。
「英介くんはガジェット系やりたいって言ってたよね」
「あぁ、イヤホンとか組み立て式のPCとかそう言う系。他には……あぁ、車とか好きかも」
「車? そう言えばずっと買い替えたいって言ってたもんねぇ」
そう言えば、バタバタしていたせいで愛車のボロ軽自動車のままだ。車くらいなら買い替えてもいいだろうし、夢だったかっこいい新車を! ぜひ買いたいところだ。
「音奏は? 俺がリストはまとめるよ。社会人時代によくこう言うのつくってたしさ」
「ありがと、私は〜そうだなぁ。結構1人でやってた時代にやりたいことはやり尽くした感あるんだよねぇ。何かなぁ〜」
「確かに、美容系にゲーム、料理系とやり尽くしてる感あるなぁ。音奏の好きなことでさぐってみるか?」
「好きなこと? 英介くんとか?」
ナチュラルに甘えられて困る俺、本人様はべったりと俺の腕に抱きついて甘えたモードになる。
「うーん、あっ。わかったわ」
「なになに? わかったの?」
「ダンス」
「えっ、なんで?」
「なんでって、音奏よくクラブに行ってたろ」
そう、俺たちがまだ足立区に住んでいた時、彼女はことあるごとにクラブに通っていた。クラブと言えば音楽に合わせて踊る場所だろう、あとは酒。弁護士の翔子先生も記者のみうも確か音奏がクラブで知り合った人たちだったはずだ。
「でも踊ってみたとか歌ってみたは昔やってたよ? そんなに伸びなかったけど……」
「じゃなくて、好きだろ?」
「うん、ダンスするのは好きだよ」
「それでいいんだよ。ダンスが好きってことを伝えればその後どんな案件がいいとかそういうのは高橋さんや事務所の営業さんが考えてくれることだからさ」
「そっか、じゃあ私はダンスかなぁ〜」
俺はリストにダンスと書き加える。
「他には? 好きな物とか」
「うーん、そうだなぁ。で言うと寝るのが好きかも!」
「寝る……か、いいかも?」
「えっちな意味じゃないよ?」
「わかってるよ、何言ってんだが……」
「へへへ、久々にいちゃつきますか? 英介くん」
ぎゅーっと抱きつかれるとそう言う気分になりかねない。俺にはこのリストを作ると言う使命が……が、まぁいいか。
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