第62話 俺、新しいお隣さんに出会う
「英介くん、どこ行くの?」
「ゴミ出しと追加の買い物だよ。調味料全然足りなかったろ?」
「私も……」
「いいよ、ゆっくりしてな」
音奏は無理に立ちあがろうとしたが痛みで諦めてソファーカウチにゴロンと横になった。俺の黒いTシャツだけを羽織っているので横になると下着が見える……、昼間っから刺激的なことで。
「冷えるぞ」
と俺は寝室に戻ってブランケットを手に取り、リビングに戻って音奏に手渡した。「ありがと」と彼女はかわいらしくお礼を行ってブランケットにくるまる。
「シバ」
「あいよ」
シバはポンッと音を立てて一瞬煙につつまれる。すると……
「ちん、ちんまり!」
思わず音奏が大きな声を出す。いつもの半分くらいの<豆柴サイズ>に変身したシバがぽてぽてと歩み寄ると器用にソファーカウチに乗って音奏の膝でまるくなった。
「まぁ、シバ抱っこして寝ておけよ。あったかいから」
「シバちゃん、ダンジョンの中じゃないと変身できないんじゃ?」
「あ〜、大きくなるのはな。小さくはなれるぞ。まぁ、その分弱くなっちゃうんだけどな、物理的にさ」
いつもよりもコロコロ小さいシバを撫でながら音奏が「へぇ」と相槌をした。シバもこの姿になるのは久々でとても気持ちがよさそうだ。
「オレ、かわいいだろ」
いつものシブい声もちょっと高めになる。これがまた最高に可愛いんだからな。さすがは俺の相棒様だ。小さい頃はよく一緒に眠っていたっけ。
「じゃあ、行ってくるわ」
***
タワーマンションはすごく楽だ。ゴミ出しする場所が各階にあるのでいちいちゴミをもってエレベーターに乗らなくても良い。しかも、24時間ゴミ出し。なんて暮らしやすいんだ。
音奏の荷物が入っていた段ボールをいくつかまとめたものと、各家電が入っていた段ボールや梱包材。匂いが出ないから置いておいても大丈夫だろう。
「ゴミ捨て場も広いなぁ、綺麗だし」
指定の場所に指定のゴミを置いて、俺はエレベーターに乗った。そのまま地下にある駐車場まで降りる。前に働いていた会社のオフィスよりも高い階数、エレベーターにのって耳が少しだけキーンとする。
地下の駐車場にはどれもこれも高級車ばっかりだった。俺の愛車が逆に目立つくらいには……。けど、乗り心地も気に入ってるししばらく買い替えなくてもいいかな。そうそう、マイホームを建ててから。
「えっと、この辺のスーパーは……」
車に乗ってエンジンをかける前にスマホをチェックすると早速音奏からメッセージが入っていた。
<プリン食べたい>
<了解>
<あっ、英介くん。次からいってらっしゃいの前はチューね! 忘れちゃダメだよ>
俺は可愛らしいスタンプで返事をすると、位置情報をONにして近くのスーパーを検索する。どれもこれも高級スーパー。うーんちょっと遠くまで行くか。
エンジンをかけて、俺はいつも通っていたスーパーまで1人でドライブを楽しむことにした。ちょっと大きな音で好きな音楽をかけて、窓をちょっとだけ開ける。
「最高だなぁ〜。働かなくていいってほんとに」
世の中の主婦さんってのは本当にすごい。毎日の家族分献立を考えるんだから。俺も、昨日から彼女との同棲生活を始めたわけだが……1日3食分、献立を考えて買い物をするわけだ。
なんて気がつけばカートにカゴを2つのっけて、満タンまで商品を入れていた。帰ったら下処理して冷凍して……
「2万5千円です」
「か、カードで」
「よければ車までお運びしましょうか?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
まさか、このスーパーで「お運びサービス」の声をかけられる日が来るとは……。お運びサービスはたくさんの買い物をした人にされるサービスで、袋詰めと車まで荷物を店員さんが運んでくれるというものだ。
「はい、こちらカードのお控えです。ありがとうございました」
両手に大量の荷物をもって車まで戻ると、俺はまっすぐ家路に着く。とくにやることはないが、あんなにいい家を借りているんだ。楽しまないほかないしな。
「買い忘れはないかな……いいか。どうせ明日には音奏も買い物行きたがるだろうし。プリンはしっかり買ったしな」
***
タワマンのエレベーターに乗り、一息ついた。エレベーターがゆっくり上昇するのを感じながら、ため息をついた。家に入るまでが長すぎる……。なんというか、こう高級って大変だ。
「ドアが開きます」
とアナウンスが入ってやっと50階に到着したエレベーターの扉が開いた。この階はワンフロアに部屋が2つ。なんとも贅沢なことにうちとお隣さんだけだ。
ちなみに、特にご近所挨拶なんかは必要ない(芸能人や有名人が多いため)と言われていたためしていない。
「よいしょっと」
荷物を持って部屋に向かう途中、偶然お隣さんらしき女性とすれ違った。黒いバケットハットに黒っぽいワンピース。細くて白い手足……腰の位置もすごく高い。モデルさんか何かだろうか?
「どうも」
顔が小さすぎてバケットハットからほとんど見えない彼女に会釈をして俺は部屋の方へと向かった。カンカンとヒールの音がなっていたが、俺とすれ違った瞬間、音が止んだ。
俺のすぐ後ろで彼女が立ち止まったのだ。
「あの……もしかして、岡本英介さんですか? 私、すごくファンで……」
お隣さんらしき女性は澄んだ声でそういうと小走りで寄ってきて、バケットハットを取った。
可愛らしいボブヘアはサラッサラのつるつるで、綺麗な黒い瞳と陶器のように白い肌。この世のものとは思えない程の顔の小ささにちょっとぽってりしたセクシーな唇。
今、CMやドラマに引っ張りだこのモデル出身の大人気若手女優・
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