第8章 俺、入院する

第40話 俺、病気には勝てなかった件



「急性虫垂炎ですね」


「ちゅ、ちゅう?」


「あぁ、いわゆる<盲腸>ってやつです」


 痛み止めで少しマシになったのかベッドの上で医者に説明されて俺は妙に納得が行った。そういえば、虫垂炎ってめっちゃ痛くなるって聞いたことある。


「検査して、明日の午後手術しますからね。えっと、この後、ERから一般病棟に移ってもらいますよ」


 先生が俺に簡単に説明を終えると病室を出ていく。しかし、綺麗なナースの人は動かない。それどころか、なんだか笑顔で俺をみつめている。


「あ、あの……何か?」


 俺が声をかけるとナースはムッとした表情で口を尖らせた。非常に綺麗な人だ。背もすらっと高くスラックスタイプのナース服がよく似合う外国人体型。気の強そうなメイクが俺好みではないが多分「美人ナース」なんて呼ばれるタイプの人なんじゃないだろうか。


「あら、ひどいのね。お隣さんは」


「えっ、高橋さん?」


「あ〜あ〜、ほんとひどいんだから。言ったでしょ。ERで働いてるって」


 いつもと全然違う……。


「すいません、ほんと」


「でも、深刻じゃなくてよかったわ。緊急手術にはなってないし。この後、一般のナースが来たら病棟に行ってもらうから顔は見にこれないけどね〜」


 高橋さんは「じゃ、お大事に」とナースらしいことをいうと足早に病室を出ていった。カーテンで区切られただけの病室には機械音が響いている。ダンジョンで怪我した人やそうでない人、とにかく瀕死の人たちが毎日運ばれてくる場所だ。

 俺も、腹が痛み出した時は死ぬと思ったもんなぁ……。



「手術かぁ……嫌だなぁ」


 外部からの攻撃や毒攻撃に耐性は付けられても、こういうトラブルは回避できないもんだなぁ。


 そういや、新入社員のころ何度か胃潰瘍で吐血したなぁ。懐かしい。でも、もう働かなくていいんだよなぁ。しばらく配信を続けてコツコツ貯金と運用して40になる前には引退できるくらいの貯蓄を……。


 とのんびり独身生活を思い浮かべていたが、俺はハッと思い出す。


 そうだ俺、恋人ができたんだ……。FIREとか言ってらんねぇわ。


 嬉しいような恥ずかしいような。社畜を辞めて配信者になって人生初の恋人が人気者の超可愛いギャルなんだよな。しかも年下……。

 きっと金もかかるし、一応彼氏なんだし色々欲しいものはプレゼントしたいし……。

 くっ、考えてたら腹が痛む気がする。


「あぁ、告白後にこんなん情けなすぎるぜ……」


「失礼します。岡本さん、看護師の槙原です。検査と病棟の移動をお願いしますね〜。今どこか痛んだりしますか?」


「いえ、今は大丈夫です」


「では、車椅子にどうぞ」

 

 俺は看護師の槙原さんに誘導され、ERをあとにした。



***



「おっすおっす〜、いとしのダーリン」


 無事、手術を終えた俺は個室に入院していた。退院まであと3日間。医者からは退院後も数週間はダンジョンに入ったり無茶な運動などはしないようにと言われていた。


「はい、これ。スマホと充電器でしょ〜。あとお着替え」


「ありがとう」


「シバちゃんが早く元気になれって言ってたよ」


「いや、ほんとシバに助けられたぜ」


 不幸に塗れて呪殺されるのはごめんだからな……。


「で、大丈夫なの?」


「あぁ、手術は成功だってさ。ただの盲腸だし。まぁ退院してしばらくはダンジョン禁止だってさ」


「残念……けど、会社員じゃないから健康診断もないしちょうどよかったのかも? そうだそうだ、うちの事務所がね。是非岡本くんも所属しないかってオファーしてるんだけどどうかな?」


「考えとく」


「え〜、せっかくだしカップルチャンネルやろうよ〜」


「なんだよそれ」


「暇な時に勉強しておいてくださーい」


 ケラケラと笑うと音奏を見ていると安心する。病院にくるからかいつもの香水の匂いはしないし、メイクもどことなく薄めだ。


「そうだ、よければだけど合鍵作っておけよ。俺から大家さんには伝えておくからさ。ほらシバはうち以外には行きたがらないし大変だろ?」


「いいの?」


「いいに決まってるだろ。いつも勝手に入ってるんだし気にするなよ」


「えへへ、うれしいな。彼氏のお部屋の合鍵……」


 ニマニマ笑う音奏をかわいいななんて思いながら眺める。


「シバの飯。ありがとう」


「いいえ〜、シバちゃんもりもり食べてくれるから作りがいがありますっ!」


 敬礼をしてみせると彼女は時計をみてパッと立ち上がる。そうか、面会時間ももう終わる。


「じゃあ、早く元気になってね〜? せっかく彼女になったのにデートもチューもできなくて寂しいんだし」


「ははは、そうだな」


「じゃあ、また明日ね?」


 音奏はふっとこちらに乗り出すと頬に優しくキスをして振り返らずに病室を出ていった。

 俺は大人気なくキスされた頬を撫でながら心臓が爆発しそうになってちょっとだけ手術痕が痛むような気がした。


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