第41話 俺、社畜を思い出す
ちょっと散歩でもしようかな。
退院まであと1日。内視鏡での手術だったからか、それとも俺の回復能力かあまり行動制限は受けなかった。スマホをひとしきり触った後、俺は退屈で院内のコンビニまで散歩することにしたのだ。
「確か、レストランとかもあるんだよなぁ」
パジャマ姿のままぶらぶらしても何の違和感もないのでなんか変な感じだ。電子マネー流石につかえるよな?
なんて不安になりながら俺は院内の地図をみつつコンビニを目指す。
いくらか歩いてみたが、まったくコンビニは見えないしなんなら患者の姿も少なくなってきたような……?
ダンジョンでは平気なのに、こういう知らない建物では方向音痴発揮するんだよなぁ……。はぁ。
道ゆくナースに声をかけようにもみんな忙しそうでバタバタしていて声がかけずらし。
なんか、社畜時代に忙しすぎて質問できなかったか新人のころこんな感じだったなぁ。働いている時に忙しいオーラ出す人めっちゃ苦手だ。
「はぁ、引き返すか……」
「この人殺し! まだうちの子は……うちの子は15だったのよ!」
悲鳴に近いような怒声に思わず振り向くとそこには髪もボサボサで精神的に参っていそうな中年女性が刃物を持って医者とナースに怒鳴っていた。
「ちょっと、稲垣さん! やめて! 誰か警察!」
「息子を、息子をかえせ!」
よくみりゃ包丁を向けられているナースは高橋さんだ。そっか、みんな忙しそうだと思ったらここはERだったか。俺、どんだけ迷ってるんだよ……じゃなくて!
俺は結構本気で飛び出すと高橋さんと包丁を持った女の間に入った。
「っ! 岡本さん?!」
「高橋さん、下がって警察を」
「どきなさいよ! うちの息子はね……ダンジョンで怪我をしてこいつらが急がなかったせいでぇぇぇ!」
振りかぶった刃物は空を切ったが俺は高橋さんを庇うように手を伸ばす。医者の男は腰を抜かしたままだ。
「稲垣さん……息子さんはこちらに到着した時点ではもう……」
医者が余計なことをいうと稲垣さんと呼ばれた女性は余計にヒートアップする。
「患者さん、離れて」
「大丈夫っす。包丁くらいじゃしなないんで、俺」
俺の返答に医者は首を傾げる。流石にERのお医者さんは配信はみないか……。
「謝りなさいよ……息子に! 謝りなさいよ!」
ヒステリックに叫び散らかす中年女性、謝る筋合いなんかこっちにはないだろうに。あぁ、こういうクレーマー……いたなぁ。いや、理不尽なところはパワハラじじいにも似てるなあ。
「ダンジョンでの怪我は自己責任ですよ。一生懸命助けようと処置をした医者やナースを責めるなんて間違ってると思いませんか。刃物をおろして」
ダメだ。おばさんは聞く耳を持たない。
「返してよ! 息子を返してよ! ろくな仕事もできない医者が! ナースが息子を殺した!」
くっそ……医者は知らんが高橋さんがどんだけ悩んで辛い思いして仕事してるか知りもしないでこの毒親は……。
「殺したのは……弱くて判断もできないような未成年がダンジョンに入るような環境を作った親のお前だろ! 人のせいにしてんじゃねぇよ!」
さっきまで騒いでいたおばさんが静かになって、俺の声がキンキンと病棟に響いた。その後すぐ、奥から大勢の足音がして、警察がすぐにおばさんを取り押さえた。
***
その後、俺は医者と高橋さんから感謝はされたが警察にはこってり聴取されて散々だった。
高橋さんから話は聞いていたがまさか自分が遭遇するなんてな……。俺もなかなかブラックな職場に勤めていたが流石に包丁振り回すおばちゃんはいなかったぞ。
最近、ダンジョンやら配信やらばっかりでこういう多くの人が働いている場所に来ることがなかったから忘れていたけどやっぱ……働くって大変なんだなぁ。
「岡本さん、先ほどはありがとうございました」
なんて医者に饅頭渡されたけど、医者からしてみたらもう何がなんだかわからんよなぁ……ほんとご愁傷様だ。
今度、音奏とキャンプ行く時に高橋さんも誘って巨大シバを思う存分もふもふさせてあげよう……。
眠りにつこうとした時、俺のスマホがぶるぶると震えた。
<メッセージ 1件>
音奏だ。
<岡本くん、例のL級冒険者失踪の件。記者ちゃんと探偵ちゃんが真実を見つけたって。退院の日岡本くんの家に集合ね!>
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