第8話 俺、メシウマする
「なるほど、これだけ証拠が揃っていれば問題なく会社を辞められますよ。労基署に関しては是正勧告をおこなって調査をしてもらうくらいしかできないので正解ですよ」
お高く止まっているように見えるが、このお姉さん。クラブに通ってるんだよな……なんかスゲー。
「なにかしら?」
「いえ、なんでも」
「残業代も全部支払わせる。その上でそうね。残り1年分の給料は補償してもらいましょうね。それから、刑事告訴をちらつかせて精神的苦痛に対する慰謝料もとりましょう」
翔子さんはウキウキで俺の診断書をファイリングしたり、何やら契約書を作ったりしている。
「でも、よく頑張ったわね。こんなのなかなかないわよ。普通はすぐにやめるか、体を壊してるかじゃないかしら」
「まぁ、そういう人も多かったっす。その、過去にこの人の標的になっていた人は」
「さて、内容証明を送って、その次は労基署に行きましょう。実は古い知り合いが労基署にいてね。ツテがあるの」
***
なんか、全てがトントン拍子に進みすぎて怖いぐらいだ。俺はあの日、あの会社から解放された。毎日、ぼーっと家で過ごしながら動画編集の練習をしたり、シバの散歩にたっぷりいってやったりしている。
基本的にやりとりするのは会社と弁護士の翔子先生だし俺はノンストレス。ゴロゴロしながら先生のメールに返信するだけだ。
<本日、労基署が会社の社長を呼び出して是正勧告をしたとのご報告がありました。また、会社はこちらの条件を全て飲むそうです。裁判は避けたいとのこと。先方からの誓約書は添付するわね。さっそく、明日のお昼ごろ謝罪の場を設けました、私も同席します>
ここまでは予想通り。俺はそっちはそっちで進めてもらうように
<では、明日はよろしくお願いします>
と返信する。
「おっす〜」
と俺の家に勝手に入ってくるのは音奏だ。
「勝手に入ってくるなって」
「いいじゃん、いいじゃん。相棒〜」
一緒に配信をすると約束した途端これだ。ほとんど毎日この家に押しかけてはマシンガンのようにしゃべり倒す。時たま「クラブ〜」「美容院」「ネイル〜」と行って出ていくがほとんどこの部屋にいるんじゃなかろうか。
「今日は、記念すべきネット記事の情報解禁日だよ〜? あと10分で文夏砲ネットに乗っちゃうんだから。一緒に酒飲みながら見るっしょ!」
彼女はビニール袋にたんまり入ったビール缶をこちらに見せてニカッと笑った。
*** 10分後 ***
「3・2・1、かんぱーい!」
俺と音奏はネット記事の情報解禁に合わせて乾杯をした。やっすい銀色の缶ビールから直接ぐびぐび飲んで、ぷはーっと爽やかに息を吐く。
「さーて、みんなの反応を見ちゃうぞ〜」
【大手企業子会社の闇! 昭和のパワハラが続く企業内部の実態】
なんて堅苦しいタイトル、音奏が編集した音声と俺が撮ったかわからないように画角を調整した動画。
みるみるうちに拡散されて行った。
「さっすが、文夏だね〜。岡本くん、ツエッター見てみなよ」
「おっ、まさか」
「そのまさかですよ、お兄さん」
ツエッターのトレンドには俺の会社の名前が上がり、パワハラ、クソ上司、昭和の会社、ゴミ女、特定など香ばしいワードが並んでいた。
「こりゃ特定も時間の問題だね〜、あっ。女の子の方はもうエンスタ特定されてるね〜。こりゃ乙だわ」
エンスタというのは写真をメインにしたSNSでおしゃれな投稿を女の子たちがこぞってやっている。無論、あの受付の子たちもアカウントを持っていたんだろう。
「さーて、ネットで晒された上に今度岡本くんに頭下げてお金払うんでしょ? これはざまぁすぎw 謝罪会が楽しみだね〜」
「確かに、ざまぁみろってとこだな」
「ま、まだ前哨戦だけどね」
と彼女が新しい缶をプシュッと開けて俺に寄越した。受け取ってぐびぐびと喉に流し込む。
あぁ、こんなに美味い酒はマジで久しぶりだ。
「朝起きる頃には大変なことになってるだろうな。メシがうまいぜ」
「岡本くん、なんか作ってよ〜」
「野菜炒めでいい」
「もち!」
俺は久々のうまい酒を一晩楽しむことにした。
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