第9話 俺、ざまぁする


 ゲシッと頬を硬いけど柔い毛だらけの足が俺の頬にあたる。


「英介、メシ」


 シバのモーニングコールだ。

 俺は昨日、音奏めろでぃーと酒を飲んでからあの子をタクシーで無理やり返し、潰れるように眠ったんだっけか。


「わかった」


「めざまし止めて寝てたから起こしてやったんだ。マシマシな」


「へいへい」


 シバに感謝の気持ちをこめながら彼の朝飯を作る。牛挽肉にトリのささみ、朝はウェットフード。


 俺はその後に洗顔と歯磨きを済ませて、昨日の残りのつまみを朝飯にしながらスマホをひらく。

 ツエッターでは武藤の名前がトレンド入り、音奏のツテなのかいろんなニュース系配信者がさまざまな配信サイトでこの件を取り上げて大拡散していた。

 そのおかげか、武藤やあのクスクス女たちの特定はもう完了しており、ツエッターで卒アルだの鍵垢だのが流れていたし、ネットニュースにもガンガン書かれていた。


「こりゃもう再就職は無理だろうなぁ」


***



 翔子さんと俺は会社の応接室にやってきていた。もちろん、俺は隠しカメラとICレコーダーをセットしている。

 翔子さんはもうすぐに賠償金が入るのでほくほく顔だ。


——コンコン


 応接室のドアが開いて、社長と法務の男性と共に入ってきたのは武藤とクスクス女2人だった。


「では、先日お伝えした通りここで依頼人岡本英介への正式な謝罪を」


 翔子さんが淡々と話すと、納得いかないといった表情の社長と法務。しかし、武藤とクスクス女たちはやつれ切っていて何も考えられないといった感じだ。


「先日、弊社の情報が文夏社に流れました。失礼ですが彼の仕業では?」


「あら、その証拠はどこに? 文夏社は悪質なパワハラを報道しただけのこと。報道の自由は憲法で認められているものです。仮に、岡本英介が情報源だとしても報道するかしないかは文夏社の意向しだい。謝罪の場でその発言は到底受け入れられるものではありませんね」


 翔子さんはそう言いながら俺に目配せをする。

 社長と法務は何も言い返せなくなったのか「すまない」と小さく言い


「会社からの賠償金500万円と1年分の年収にあたり360万円を即日お振り込みします。ここに念書をそれで刑事告訴は?」


「えぇ、今までのパワハラに関してしっかりと謝罪、当該社員に対する措置をとってくれれば刑事告訴はしませんと依頼人は申しております」


 社長と法務が確認しながら念書にサインをした。しっかりとそれを受け取って翔子さんは女たちに言う。


「では、謝罪を」


 先に立ったのはクスクス女たちだった。


「この度の、岡本さんへの態度やパワハラをおこなってしまい申し訳ありませんでした」


 ポロポロと涙をこぼしている2人は法務の説明によれば派遣会社との契約を打ち切りにし、即日でこの会社を立ち去ることになったようだ。もちろん、今回の行動を派遣会社側にも報告をするので、派遣社員として他の企業へ紹介してもらうことは難しいだろう。


 何より、彼女たちは悪質なコラ画像が出回っていたし、SNSは全特定過去の投稿からほとんど全ての個人情報がネットに垂れ流しになっている。

 多分、恐怖で眠れなかったんだろう。受付として美しかった彼女たちだが見る影もなかった。


「わかりました」


 俺がそういうと許してもらえると思ったのか、こちらを見つめてくる。


「それじゃ、先日お送りした誓約書にある通り期日までに和解金の支払いをお願いしますね」


 と俺がいうと2人は目を見開いた。


 俺は女どもは1人50万ずつ。

 彼女たちは刑事告訴できるレベルにないので少額だが、即日で職を失うんだし妥当だろう。


「そんなっ……払えません! 仕事を失って、彼氏にふられて……昨日の騒ぎで親にも縁を切られるって」


「そうよ、住所も特定されて引っ越しだってしないといけないの! 50万なんて払えない!」


 やっぱりな、謝罪なんて形だけ。涙だって嘘っぱちだったんだ。


「謝罪というのは涙を流して頭をさげることじゃないのよ。お嬢さん方。普段は若さと涙で許されたかもしれないけど、この度あなたたちが依頼人を深く傷つけたことは涙や頭を下げることじゃ償えないのよ」


 翔子さんの言葉に2人はぐっと唇を噛んだ。


「だからお金なんて……!」


「日雇いでもなんでもして期日までにお願いします。無理なら裁判所から差し押さえしてもらうことになりますんで。稼ぐ手段ならいくらだってあるでしょ」


 俺の言葉に女どもは泣き崩れた。夜の商売でもなんでも落ちてくれ。ま、夜の世界に行っても有名なところはお断り。時給の安い最下層しか無理だろうがな。ザマァみやがれ。


 女たちを退室させた後、武藤が俺に謝罪をする番が回ってきた。

 やつは女どもとは違って演技なんかできない。だからか、ぐっと下を向いたままだった。左手にしていたはずの結婚指輪がなくなっており、日焼け跡になっているところを見ると妻や子供にも見捨てられたんだろう。


「岡本さん、申し訳なかった」


「何がですか」


 俺が食い気味に質問すると武藤は眉間にシワを寄せる。


「それはだね、今回の件についてだ」


「今回の件? あなたからは今回だけではなくこの数年毎日のように受けてましたけど」


「とにかく、すまなかった」


「それが大人の謝る態度ですか? 先ほどの女の子2人の方がマシですよ」


 武藤は俺を強く睨んだ。俺は冷静な表情で彼を見つめる。会社の中ではあんなに権力を振り翳していたくせに今や彼はバツイチ、ネットのおもちゃとなったおじさんだ。


「岡本……貴様」


 俺の目論みどおり、武藤は怒りに限界が来たのか俺の胸ぐらを掴むと一発、頬をぶん殴ってきた。


「やめなさい!」


 社長と法務の男が武藤をはがいじめにしてなんとか治めると、ふしゅるふしゅるとやつは鼻息を鳴らしながら俺を睨んだ。


「では、被害届を提出させていただきます」


「えっ、刑事告訴はしないって」


 社長が情けない声を上げる。


 翔子さんはそういうと立ち上がった。俺も、計画通りにすすんでニンマリしたい気持ちを抑える。


「過去のパワハラについてはしないと申し上げましたが、現在のことはお約束しておりません。もしも気に食わないのでしたら裁判でもなんでも」


「わかった……。武藤はもううちの会社とは関係のない人間だ。好きにしてくれ」


 武藤が社長の方を驚いた顔で見る。


「話が違う……俺は地方に異動って」


「お前にはもう付き合いきれん、この場で暴力など、貴様は懲戒解雇だ。今すぐ私たちの前から消えてくれ。武藤、お前のせいで会社も散々だ。損害賠償請求させてもらう」


 武藤は「あぁぁぁぁ」と汚い叫び声をあげると崩れ落ちた。


「社長、俺今クビになったら」


「謝罪、する相手はこっちですよ」


 翔子さんが無様に鼻水を垂らしながら土下座する武藤に言った。武藤はこちらに向かって土下座する。

 やっぱり、社長がどうにかしてくれると思って最初は形だけの謝罪だったんだな。わざと殴らせて正解だったぜ。


「申し訳なかった……俺が全部悪かっただから」


「許すかよ。俺を殴ったぶんだけじゃなく過去にお前がいじめて辞めさせた人たち全員分の苦痛を味わうんだな」


「岡本……さんお願いだ。俺はもう何も」


「あんたが今までやってきた分よりもはるかに軽い罪だよ。鬱になった人はもう元には戻らない。わかるか? あんたが壊した人たちはずっとずっと苦しみ続けるんだ」


「も、申し訳なかった。ほんとうにだから」


「金払って、前科つけて罪を償ってください」


 あぁ、スッキリした。

 多分、ネットに情報が流れたことでこれまで武藤にいじめられた人たちも彼がどうなっているか見ることができているんじゃなかろうか。

 

 会社の小さな場所でふんぞり帰っていたバカ親父が小さくなって土下座する姿、ざまぁみやがれ……。死ぬまで借金地獄で寂しく暮らすんだな!


「さぁ帰りましょうか」


「はい、それでは後のことは弁護士さんへお願いします。お世話になりました」


 あの女たちも武藤も一生ネットのおもちゃだ。それは罪のない家族も友達も含めて……一生晒され続けるだろう。死ぬまで。



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