第4話 俺、ギャルに奢ってもらう


 やってきたのは高級中華の店だった。足立区にもこんな店があるんだな?

 なんて思いつつ、でかい個室に案内されて俺と音奏めろでぃーはそれぞれランチのコース料理を頼んだ。

 とんでもない値段だったが、彼女が奢ってくれるらいい。


「トレンド1位様がどうして職場で嫌われてるわけ? 嫉妬?」


「そもそも、俺がトレンドに乗ってる岡本英介だって気が付いてないかな」


 音奏は俺を下から上まで舐めるように見ると「確かに」とつまらなそうに言った。職場での俺はインキャもインキャ。メガネに前髪を下ろし、自信なさげに背中を丸めている。スーツもピッタリしたものではなく少し大きなサイズをきて筋肉が見えないように。

 営業として最低限の清潔感があるくらいだ。彼女が俺に気がついたのがすごいくらいだ。


 一方、ダンジョンでキャンプする時は戦いの邪魔になる前髪をあげ、メガネではなくコンタクトに。服装も邪魔にならないようにピタッとしたTシャツと機能性の高いダンジョン用スラックスを身につけている。

 あとは単純に目がイキイキしているはずだ。職場と違って。


「で、いじめられてんの?」


 運ばれてきたスープを飲みながら彼女は一方的に質問してくる。これは相談というより尋問だな。


「いじめというか、パワハラ部長の標的になっているというか……」


 俺はいい終えるとスープを一口。フカヒレがたっぷり入っている口溶けなめらかなそれは脳がとろけそうなほどうまい。なんの出汁をつかってるんだ? なんだろう、殿上人になった気分だ。


「へぇ、そいつってなんで偉そうなの?」


「偉そうっていうか事実偉いんだけど……。社長の知り合いで大手から入ってきた人でさ。その人を怒る人っていないんだよ。だから、気に食わない部下をいじめるのが生きがい的な」


「うわ〜、ゴミじゃん! ゴブリン以下! でどんな感じなの?」


「今日も、契約とれるまで帰ってくるな! とか、机を叩いたりとか怒鳴ったりとか……そいつの命令で俺毎日朝早く出社して掃除とか」


 運ばれてきたメインのチンジャオロースやら麻婆豆腐やらを食べながら俺は日々のパワハラについて語った。

 なんか、人に話すことは避けていたけどこうして聞いてもらうと少し気が楽になる。あと、飯が死ぬほど美味い。もうレトルト中華に戻れない体になっちゃうかもしれない。


「まじ? ってかそれってパワハラじゃん。どっかに訴えようよ」


「訴えても相手にしてもらえないよ。ほら、世の中は自殺して報道されても会社はそのままだろ? だから、あいつらが飽きるのを待つか俺がやめるかしかない……」


「あいつら?」


「あぁ、俺職場の女子にも嫌われててさ……」


「ねぇ、その職場最低じゃん。やめなよ」


「簡単にやめれないよ。次の職場が正社員で見つかる保証なんてないし、少なくともパワハラ部長が定年までの10年くらいを我慢すれば……」


 俺の弱気な発言に、音奏がバンっと机を叩いた。その勢いで食器がかちゃかちゃとなる。


「あのさ、おかしいよそれ。なんで意地悪してる人たちが得して岡本くんが損するの? 真面目に働いてていうことも聞いてるのになんで? 」


 俺が小籠包を食っているところをみながら彼女は憤慨した。

 確かに、文面上の理屈で言えばそうだ。

 だが、現実の社会ではそれが当たり前でもっと辛い思いをしている人だっている。俺はまだ殴られたり給料を取られたりしないだけましだ。


「まぁ、そうだけど社会ってのはそういうもんだから。学生時代に勉強頑張ってホワイト企業に入らなかった俺が悪い。そういうこと」


 納得いかない顔で彼女は肉まんを掴んで頬張った。

 俺としては、トレンド1位になってこんなに可愛い子と一緒にしかも奢りで高級中華を食べられるんだ。それだけで人生得したようなもんだ。


「これ、美味い」


「でしょ〜? 足立区にある穴場中華! よくくるんだぁ〜。ほら、私料理に苦手でさ。だいたい外食だから」


「配信者様はいいなぁ、稼ぎが良くて」


「へへへ、まぁまぁだよ。でも岡本くんのおかげで来月はやばそう! だから奢り!」


「ごちそうさんです」


「ねぇ、岡本くんってキャンプ好き?」


「好きだよ。とくに自分で獲物を狩りして自分で料理して食べたりするの」


「うんうん、キャンプしてる時幸せ?」


「そうだなぁ。毎日職場で辛い思いしてるからストレス発散もできるし、ソロキャンプだと静かに過ごせるから幸せだな」


「そっか。じゃあ、やっぱりさ。会社やめよう」


「は? 会社辞めたら生きていけないって……」


「ううん。大丈夫。岡本くんなら配信者になれるよ。多分、私なんかよりずっと稼げると思う。それに……」


「それに?」


「岡本くんはトレンド1位になれるすごい人間なんだよ。無能でバカみたいな奴らにいじめられてる時間の方が楽しい時間よりも長いなんて絶対におかしい。それに、もっと楽しく稼げることした方がいいよ」


 前の俺なら「何バカなことを」と言い返していたかもしれない。

 けれど、バズってしまった今ならチャンスなんじゃないだろうか。辛い毎日を楽しいキャンプ生活にできたら……。


 俺の中でヒシヒシと欲が溜まっていくのがわかった。と同時に、今まで俺を無碍に扱ってきた奴らに正当な報復をしてやりたい気持ちも。


「いい顔になってきたじゃん、おにーさん。会社のやつらをサクッとぶっ飛ばして一緒に配信者やろうよ」


 と彼女は店員を呼ぶとこう言った。


「生ビール2杯!」






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