第3話 俺、会社では相変わらず社畜


 月曜日。

 それは、平日働く社会人にとって一番嫌いな日だ。仕事がだいすきで充実しているやつは知らんけど。


「まだトレンド入ってるな……」


 俺がギャルダンジョン配信者・伊波音奏いなみめろでぃーのせいでトレンド入りしてから2日。ツエッター上では俺の話題がまだ取り上げられていた。

 そういえば、あの後すぐに音奏から


<金のカップもらえちゃうかも!>


 とメッセージがきていたっけ。金のカップとは動画配信サイトのチャンネル登録者人数が100万人を超えると与えられるトロフィー的なものだ。確か、500万でプラチナ、1000万でダイヤだっけ。


 たしか、10万人でもやりようによってはサラリーマンの年収を超えるくらいの稼ぎが手に入るらしい。

 なんかやっぱり住む世界が違うって感じだ。


「さて、シバ。行ってくるわ」


「おうよ」


 犬用ベッドの方から渋い声が帰ってくる。シバはいいよな、毎日のんびりできて。とはいえ、俺は音奏のように配信者になれる気もしないし、こうして毎日働いて普通の人間の暮らしをするしかないのだ。



***


「おはようございます」


 と声をかけても挨拶を返してくる人間はいない。

 なぜなら俺が一番出社だからだ。


 この会社で一番下っ端な俺は毎朝30分前にきて職場の掃除や給湯室の準備を押し付けられている。

 俺のようなFラン大学卒が正社員でそこそこの会社に入れただけでも御の字なのだ。このくらいの雑用を断って自己都合退職に追いやられるなら雑用した方がまし。

 サービス早出社だから給料はでないけど。


 俺がせっせとデスクを拭いたり、給湯室の掃除をしていたりすると、パラパラと社員たちが出社してくる。


「おはようございます」


「おはようございます」


 俺はまるでロボットのように挨拶を返し、定時10分前になるとデスクについてPCのスイッチを入れた。

 古いOSだからか起動が遅い。溜まっている営業メール。客先からの無茶な注文。

 定時と共に鳴り響く電話。


「岡本さん、お客様からお電話です。内線2番」


「はい」


 俺は早速、担当させられている地雷取引先からの電話の対応に追われる。30分くらい担当者の愚痴に付き合わされる。

 ここはコールセンターか。


 そんなこんなをしているとパワハラ部長・武藤が遅れて出社する。武藤は50代のくそジジイで、社長の知り合いで昔は大手の企業に勤めていたらしい。

 社長の紹介ということもあって会社ではやりたい放題、逆らう人間もいない。

 若い女には甘いこの武藤の最近の的は俺。俺の前に的にされていた30代女性は鬱になってやめたっけ。

 武藤は電話対応をする俺をぎろりと睨むとドカンと椅子に座って何やら作業を始めた。


 大丈夫、大丈夫。

 俺はこいつより強い。

 いざとなったら数秒で殺せるんだし。金のためにバカの相手してやってるだけなんだから。


「ありがとうございました。またよろしくお願いします」


 俺が受話器を置くと、とたんにこちらに寄ってくるとバンッと俺のデスクを叩いた。


「おい、岡本! お前は成績最下位なのになにのんびり電話なんかしてんだ! さっさと契約とってこい!」


「す、すみません。でもお客様が……」


「でももへったくれもあるか! 契約取れるまで座れると思うなよ!」


 ぎゃんぎゃんと怒鳴る武藤。


「すみません、すみません」


 俺は急いでバッグを取ると逃げるようにオフィスを出た。武藤に気に入られている若い女の社員たちが俺をみてクスクスと笑っていた。


 お前らも30過ぎた途端に武藤にいじめられるんだ。せいぜい今を楽しんどけクズが……。


 トレンド1位になっても、会社では甘い汁を吸えなかったな。

 まぁ、あの時画面に写っていた俺は会社にいる時のドインキャな俺じゃないからか誰も気が付かなかったな。

 多分、同姓同名だくらいには思ったのかな? いや、俺のフルネームを覚えているやつなんかあの会社にはいないか。


***


 オフィスを出ると、俺はすぐにスマホで地図を開く。営業に行った先の名刺がないと武藤にキレられるので数件は突撃営業をするのだ。

 とりあえず、昼めしでも食べるか。牛丼屋かファミレスでいいや。安いし早いし。


「あれ? お兄さん!」


 俺が公園を横切っていると、明るい声が聞こえ向こうのほうで黒い帽子を被っている女が手を振っているのが見えた。


 俺はメガネをずらしてよーく見ると女は嬉しそうに駆け寄ってくる。


「お兄さん! あたしあたし!」


 伊波音奏だった。

 そうか、同じ足立区在住だったな。そういえば。


「こんなところで何してるの? 仕事?」


「あ〜うん。外回り前に昼でも食べようかと」


「ひとりで? 会社の人は?」


「あはは、会社じゃ俺は嫌われてるからさ」


「何それ、酷っ。わかった。あたしが相談に乗ってあげる」


「ははは」


 苦笑いする俺、音奏は俺の方を心配そうに見つめていた。


「よし、今日はあたしの奢り! いこっ!」


 ギャルは強引である。

 俺は可否も聞かれぬまま彼女に手を引かれてしばらく街の中を歩き、なんだか高そうな店の中に連れ込まれた。

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