儀式

「この部屋だ」


 海人かいとが一番奥のとびらの前で止まる。そのとびらだけは廊下ろうかの周りにあった白いとひらと違い、教会を思わせる様なデザインで一際ひときわ、大きかった。

 海人かいとがドローンからアームを伸ばしてそのとびらの端に触れる。すると小さなボタンが沢山ついている機械装置が出現した。海人かいとはそのボタンを迷いなく押していく。


 ゴゴゴ…


 恐らく暗証番号による施錠せじょうがされていたのだろう。鈍い音を立てながらとびらがゆっくりと開いた。部屋の中は教会の聖堂せいどうを思わせるつくりで、今までの近未来的な光景とは違う異常性を感じた。

 天井には巨大なシャンデリアがぶら下がっており、祭壇さいだんと思わしき所には2体のエイリアンが理解不能な禍々まがまがしい言語で何かをつぶやき続けている。そしてその中心には生贄いけにえである大量の水槽が配置されていた。


「よし、何とか間に合ったみたいです。美影みかげ、今直ぐに彼等の詠唱えいしょうめてください。それで解決します」


「任せて海人かいと。数も少ないし、さっさと終わらせるよ」


 美影みかげがエイリアン達に接近し、攻撃を仕掛けようとした時


   「Ia Ia Shub-Niggurath」


 それがこの詠唱えいしょうしめの言葉だったのだろう。突然、空気が重くなり地面が揺れる。そして中心から黒く泡立あわだったモノがき始め、それが数本の触手しょくしゅと不気味で巨大な口を形成すると生贄いけにえを次々と飲み込んでいった。

 神の顕現けんげん。その強大な力と禍々しさに俺達はこおりついて動きが止まってしまった。


寛太かんた美影みかげしっかりしてください。あきらめてはいけません。アレは邪神シュブニグラスのほんの一端いったんでしかありません。まだ召喚を阻止する事は可能です」


 そんな地獄絵図の様な光景の中、海人かいとげきが聞こえ、何とかわずかな正気を取り戻す。


「何か方法があるのか海人かいと?あんな埓外らちがいなモノを本当にどうにかできるのかよ?生贄いけにえに夢中なうちに一刻も早く逃げるべきしゃあないのか?」


 テンパりながら海人かいとを問い詰める。せまりくる最大限の絶望が残ったわずかな正気さえも徐々にむしばんでいく。


「逃げても無駄です。アレが完全に顕現けんげんすればそれだけでまたたく間にこのあたり一帯が食いつくされます。

 時間が無いので端的に作戦を説明します。今から僕が退散の魔術を詠唱えいしょうします。寛太かんた美影みかげには僕の護衛を頼みます。何としてもエイリアンとシュブニグラスの触手に僕の邪魔をさせないでください」


「はぁ?エイリアンはともかく、触手の方も何とかしろだって!何か具体的ない方とか教えろよー」


 海人かいとらしからぬ、あまりの無茶振りに思わず怒鳴り散らしたが海人かいとはもうすで詠唱えいしょうに集中している状態だった。


「あーもうやるしかないって事だな。クソー」


 海人かいと思惑おもわくに感づいたのかエイリアンが勢いよくこちらに向かって来る。

 俺はヤケクソになりながらも残っている缶をエイリアンに向けて投擲とうてきする。しかし、命中したのにも関わらずエイリアン達は少しもひるまない。

 おかしい。さっきのエイリアンと同じに見えるのに何かが違う。


「あーもう、危なかっしいな海人かいと寛太かんたも」


 突然、エイリアンの動きが止まる。美影みかげの腕がロープの゙様な触手になりエイリアン達をからめ取って動きを止めている。そのまま前回同様に拘束こうそくしながら溶かし飲み込もうとしたが…


「えっ、力が強い。ダメ、このままだと振りほどかれる」


 グチャリ


 玉虫色たまむしいろの液体が嫌な音と共に飛び散り、エイリアンの拘束こうそくが解除される。エイリアンは美影みかげを警戒しつつ再びゆっくりと動き始めた。

 やはり先程とは何かが違う。あきらかに強くなっている。神の顕現けんげんした事によって何らかの恩恵おんけいでも得たのか?分からない。

 ともかく今は美影みかげを傷つけたコイツ等をぶっ殺す。だが残念ながら俺一人では力不足だ。


美影みかげ、数秒でいいからもう一度だけ奴等の動きを止めれるか?

 そうしてくれたら俺が止めを刺す」


「できるけどあまり無茶むちゃはしないでよね」


「そんな余裕がある状況じゃあ無いだろう。信頼しているから頼むぞ」


 俺はエイリアンに向かって走り出した。


「あーもう。似た者兄弟め」


 美影みかげが再びロープの様な触手を作り、エイリアンの捕獲ほかくこころみる。エイリアンはそれを警戒してはいたが先程よりも猛スピードでせまる触手をかわすす事が出来ずに拘束こうそくされる。

 しかし、その拘束こうそくは先程よりも弱々しく、ぐに振りほどかれそうだった。

 あって数秒の猶予ゆうよ。それで十分じゅうぶんだった。俺は缶珈琲かんコーヒー靴下くつしたで作った簡易的なブラックジャックでエイリアンの頭部らしき所を魔術で最大限に身体強化した力で殴りつけた。

 美影みかげだけを警戒して俺には完全に無警戒だったのだろう。頭部を動かす素振そぶりも無かったので完璧にクリティカルヒットさせる事ができた。流石さすがのエイリアン達も意識を失ったのか、そのままぐったりと動かなくなって美影みかげに飲み込まれていった。


「はぁ、はぁ、人間を甘く見るなよエイリアンが…」


無茶むちゃしすぎー。でもそのおかけで何とかなった…」


 ゴゴゴ…


 何とかなっていない。大量の生贄いけにえを飲み込み終わった神の一端いったんの触手がゆっくりとせまり始めているのにそこで気づいた。しかも徐々に地面から体が出できてないかアレ?

 海人かいと詠唱えいしょうは…

 まだ終わりそうに無いな。美影みかげでも流石にアノ巨大な触手は止めれないだろう。

 ってかれが凄いな。天井落ちないよな…


「なぁ、美影みかげ


「アレを止めろって言うなら無理だよ流石さすがにスケールが違いすぎる」


「そんな事は分かっている!あれ、手届くか?」


「まぁ、手にリソースをさけけば何とかギリって感じかな。なんでそんな事を聞くの?」


「あれのチェーンを溶かすことは?」


「成る程、了解した」


 美影みかげがロープの様な触手を最大限に伸ばす。その先にあったのは巨大なシャンデリアをるしているチェーン。触手がその部分に触れる。するとチェーンが溶け始め、巨大なシャンデリアはその重さを支える物を失って落下する。呼び出された神の一部である触手達はそれに潰され動きを止める。


「やったー。大成功。いえーい」

「ナイス美影みかげ


 俺と美影みかげはハイタッチをする。もう二人してテンションがおかしい状態だ。

 然程さほどのダメージにはなってはいないが触手達はシャンデリアを退けるのに集中し始め、こちらへせまる勢いが弱くなった。

 そうこうしているあいだ海人かいと詠唱えいしょうが完了したらしく。触手達の動きがにぶくなっていき、地面に吸いこまれる様に消えていった。


「二人共、良くやってくれました。おかげで無事に全てが解決できました」


「あーもう色々と文句は尽きないが今はその気力も無いぐらい疲れたー」


「そうだね。流石にボクも疲れた。少しここで休憩きゅうけいしたい」


 あぁ、これでこの事件は解決したのか。大きな傷跡を残す形とはなったが一つのケリをつけられたんだな。ってかこれからがまた色々と大変そうなんだがどう処理するのが正解なんだろうか?まぁ、とりあえず美影みかげの言う通り疲れた。少し休んでからまた考えよう。


 ゴゴゴ… ゴゴゴ… ゴゴゴ…


 れが収まらい


海人かいと?神の退散は無事に済んだんだよな?」


「そうですね。完璧かんぺきに成功しています」


「じゃあ、このれは何?」


おそらく元からの無理な建築に神の顕現けんげんが止めを刺したのでしょう。端的たんきに言います。この基地はもうすぐ崩壊します。今直いますぐに全速力で脱出しましょう」


    「「「うぉーー」」」


 俺達は疲れている体にむちを打って全員して叫びながら何とか脱出した。

 途中、エレベーターなどが動かないなどのトラブルもあったが海人かいとがケーブルの様な物を伸ばして機械に接続し、何とか動かす事に成功した。


 外に出てしばらくするとホテルは地盤沈下を起こした地面に沈みながら倒壊していった。

 図らずも多くの犠牲者を出した「首狩り事件」の真相は深淵しんえんの底にほうむられてしまったのである。

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