外伝~クオン~

 ……ふふ、本当にこの方は。


 追放された主人殿ですが、その性根の部分は相変わらずみたいです。


 王位争いを避け、辺境にきてだらだらしたいと申してましたが……結局、困ってる人を放って置けない方です。


 そんなお人好しだからこそ、私は仕えていますし……命を救われたのだから。


 この世界において、獣人の立場は低い。


 その理由の多くは、世界で唯一魔力を持たないことにある。


 ただし身体能力は高いので、魔力の首輪をつけられ奴隷にされてきた歴史がある。


 今でこそこの国ではましになったが、他国では未だに根強いらしい。


 そんな中、当時の私も奴隷として扱われていた。


 両親を病気で亡くし、一人で森にいたところを人族に捕まってしまったのだ。


 そのまま数年、雑用奴隷として扱われて……いよいよ女として売り出される時に彼の方は現れた。


 ◇


 な、なに? なにが起きてるの?


 さっきから外から大きな音と悲鳴が聞こえる。


 すると、牢屋の前にいる見張りが吹き飛んだ。


「グヘェ!?」


「な、何者だ——ギャァ!?」


「外道に語る名などない」


「オルランドおじさん、速いって!」


「くく、お前も身体を鍛えんとな」


「脳筋のおじさんと一緒にしないでよ」


 そこに現れたのは、大きな男性と小さい男の子でした。


「おじさん、この子も解放しないと」


「おっと、ここにもいたか——セァ!」


 なんと大剣によって、堅牢な檻を斬ってしまいました。

 私がいくらやってもビクともしなかったのに。

 そして、そのまま大きな方が入ってきて……私は恐怖で体が震えてきます。


「ひぃ!?」


「……クレス、後は頼んだ。俺だとビビらせちまう」


「うん、そうだね。大丈夫だよ、このおじさんは見た目は怖いけど優しいから」


「一言多くね?」


「そう? 仕方なくない?」


 その柔らかい声と、場に似合わないやり取りに、思わず笑みがこぼれる。

 それは、ここにきてから初めてのことだった。


「ふふ……」


「あっ、笑ってくれた。うんうん、女の子には笑顔が一番だね。それに、綺麗な黒髪だし」


「ふぇ!? わ、わたし、ずっと気持ち悪いって言われてて……」


 この黒髪は、私にとって大事なものだった。

 お母様とお父様の娘という証にして、黒狼族の誇りだったから。

 でも、ここにきてからは不吉だとか言われていた。

 ただ、そのおかげで売れ残っていたという見方もある。


「嘘!? あぁー、滅多にいないからそう言われちゃったのか。少なくとも、僕は綺麗だと思う」


「あ、ありがとうございます……あの、貴方は?」


「おっと、失礼しました。僕の名前はクレス-シュバルツ、一応この国の第二王子ってことになってる」


「お、王子様!? し、失礼いたしました!わたし、あの、その……」


「大丈夫、落ち着いて。それに、そんなにかしこまることもないから。これからは、君は自由だ」


 その言葉に、ようやく実感した。

 自分が辛い日々から解放されたのだと。

 そう思った時、目から何かが溢れてきました。


「ウゥ………ァァァァァァァ!」


「よしよし、よく頑張ったね」


 そう言ってクレス様は、わたしを撫で続けてくれました。


 それも、わたしが泣き止むまでずっと……。


 その後に聞いたところ、何でもクレス様が奴隷を解放するように動いてくれたらしい。


 一通り終わった後、理由を尋ねたけど……。


「えっ? 助けた理由? うーん……特にないかなぁ。ただ、僕自身が気に食わなかっただけ。だから、君が恩に感じる必要はないんだ」


「で、でも……わたしは貴方にお仕えしたいです」


「そ、そう? ……でも、それなら嬉しいかな。ちょうど一人ぼっちで寂しいところだったんだ」


 クレス様は家族仲が微妙らしく、その寂しさを埋めるためにわたしをお側に置いてくれました。


 でも、理由はなんだっていいんです。


 この方のおかげでわたしは誇りを取り戻せた……わたしの髪を綺麗だって言ってくれたから。


 そして、この方の側に居たいと願ったのだ。


 ◇


 あの時の温もりと優しさを、私は生涯忘れることはない。


 あれから五年経った今でも、脳裏に浮かぶ。


 あの辛い日々も、この方に会うためだと思えば。


 そして、大恩ある主人殿のために強くなろうと努力したことも。


 オルランド様に頼み込んで、血反吐を吐いてきた。


 そして今、それが役に立つ時が来た。


「主人殿は変わらないですね」


「うん? ……それって褒めてるの? めちゃくちゃ笑ってるけど?」


「ふふ、どっちでしょうね?」


「ちょっと? ……まあ、別にいいけどさ。やっぱり、女の子は笑顔が一番だし」


 その台詞は、あの時のまま……やっぱり、この方は変わってない。

 魔法を使えることを隠してたことや、奴隷解放の真相をはぐらかしたことを気にしてないと言ったら嘘になる。

 でも、言わないってことは何かしらの理由があるのだと思う。

 何より、そんなことで私の信頼は揺らぎはしない。

 この方の願いを叶えると、剣に誓ったのだから。


「ところで主人殿、聞いてもいいですか?」


「ん? どうしたの?」


「私の黒髪、どうですか?」


「ど、どうって……綺麗だと思うよ」


「ふふ、ありがとうございます」


 照れ臭そうにいう主人殿に見て、心がじんわりとする。


 最近は恥ずかしいのか、あんまり言ってくれないし。


 それに、胸を見たりすることも増えてきた……そういえばお年頃ですもんね。


 ……た、確かに、なんでも叶えるとは言いましたけど!


 まだそういうのは……ちょっと、勇気がいるのです。





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