6日目

「やっほ~、きぃくんいる~?」

 ここのところ毎日見ている顔。それが今、居間に飛び込んできた。予期せぬことに固まってしまい、手から箸がこぼれる。

「あ、箸落としたよ」

「え、ああ。そうだな」

 慌てて落とした箸を拾う。汚れただろうし、別のを出さなければ。

「じゃなくて! なんで来たんだ⁉」

「ん? だってきぃくんの家の場所くらい知ってるよ? 昔は何度も来たし」

「いや、そうだけど、そうじゃなくて」

「さては風邪のことかね? 大丈夫ばっちり治りました~」

 しゃあしゃあと言ってのける。確かに昨日に比べれば顔色はよくなっているし、嘘ではないのだろう。

「でも、病み上がりってことで無茶はできない。ってことで今日はきぃくんの家に来たの」

「は?」

「この家、描かせてくれないかな?」




 昔は何度も家に行ったり来たりする仲だった。こっちの家ではヒーローごっこをしたし、向こうの家に行けばおままごとに付き合わされたりした。互いにとって思い出深いのは間違いない。

 でもまさか、この家までスケッチしたいと言うとは思っていなかった。

 そして、居間でスケッチが開始された。

「迎えに行くって言っただろ」

「あはは、ごめんね。早く元気になった姿を見せなきゃって思って」

「まったく、お前は……」

 そりゃ、弱っている姿よりは元気な姿のほうが安心できる。ましてや元病人。ただの風邪でも、こじらせないとも限らないのだから。

 そう考えていると、くしゅんとくしゃみをした。

「やっぱり治ってないんじゃないか?」

「う~、違うよ。クーラー効かせすぎだよぉ。廊下までキンキンに冷えてたし」

「そうか? じゃあ、設定温度変えるぞ」

 変更するために、壁に掛けてある冷房のリモコンに近寄る。

「あ、待って。設定は下げなくていいよ。代わりにタオルケットある?」

「タオルケットがいいのか?」

「蒸し暑いのよりも、冷えた部屋でタオルケットを被ってるほうがいいかな」

「贅沢だな」

 軽口を叩きつつも希望に沿うことにする。

 となると、用意してやらなければならない。無いわけではないが、あいにく、来客用の布団など今はない。普段使っている親か自分のを渡すしかない。しかし、親のを勝手に持ち出すわけにはいかないので、自分のものを渡すことにした。

 二階の自室に行って、ベッドに敷いてある少し大きめのタオルケットを手に取る。においをすんすんと嗅いで、確認する。うん、大丈夫なはずだ。一昨日洗ったばっかりだし。

 軽く畳んでから一階に持って行き、手渡す。

「ほらよ」

「ありがとう」

 受け取るとふわりと広げて、巻き付けるようにぐるりと一周させて、体を包み込む。そして合わせ目から画材を持った手がひょっこりと出てくる。

 ソファの隣に座ってテレビを見る。普段は見ることのできない日中の番組が流れている。こういう番組を見ることができるのも夏休みならではだ。

 テレビを見ているフリをしながら、横をチラリとみる。

 ……一体、どう描かれているのだろう。自分にしてみれば生まれてから今日まで過ごした思い出深い家。でも、こいつにしてみれば何度か一緒に遊んだ程度の家だ。

「ねぇ、きぃくん」

 後ろめたいことはないのだが、慌てて視線を外す。

「どうした? まだ寒いか?」

「うん。まだちょっと寒く感じる……かな」

「そっか、待ってろ。もう一枚持ってくる」

 遠慮していたが、親が使っているのを持ってこよう。使った後に戻せば文句は言われないはずだ。

 だが、それが望みではなかったらしい。

「もう一枚はいらないよ。一緒に入って欲しいな」

 くるまれていたタオルケットが開かれる。

「は?」

「こういうのって、人肌のほうがいいでしょ?」

「ああっと、でもだなぁ……」

「だめ?」

 直後にけほけほ、と小さく咳をする。どことなく演技臭い気がしないでもない。が、ああ、そんなしおらしい姿を見せられては断れるはずだないじゃないか。

 身を寄せて、一枚のタオルケットに一緒に包まる。

 本当に風邪治ったのかよ。体、熱いじゃん。

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