第29話 異変

 上林の心は晴れやかだった。彼と美香を苦しめていた裕子の呪いから解放されたのだ。今夜は久しぶりに安眠できそうだ。それに近江観光ホテルに琵琶湖を見通せる部屋を取っている。素晴らしい外の景色を見ながらくつろぐか、それとも近くを散策して心を和ませるか、上林は今日と明日のプランについて考えていた。

 しばらくして上林は近江観光ホテルの駐車場に着いた。そこから美香にスマホから電話をかけた。


「ああ、今着いた。今、部屋にいる?」

「ええ。403号室よ。窓からの景色が素晴らしいわ! でも・・・」


 美香が言葉を濁した。何か気にあることがあるようだ。


「どうしたんだ?」

「ええ、気のせいだとは思うのだけど、なんか変な感じなの? 誰かに見られているような・・・」

「そんな馬鹿な。はっはっは。」


 上林は笑い飛ばした。事件は終わったんだ。それに裕子の墓参りもした。何も起こるはずがないと・・・


「でもおかしいのよ。早く来て。」


 上林は美香がまた不安がっているだけだと思った。いや、そう思い込もうとした。だが一抹の不安も感じていた。


「わかった。すぐ行く・・・」


 そう言いかけた時、部屋の中に軽快な音楽が流れた。


「あっ。ラジオが急に鳴った。」


 美香の驚く声が聞こえた。上林もスマホを通してそれを聞いた。彼の脳裏にはあの4人の転落死の状況が浮かんでいた。


(あの時の状況と同じだ。まさか・・・。いや、きっとそうだ。美香が危ない!)


 上林はそう思って、美香にあわてて伝えた。


「その部屋から出るんだ! そこにいると危ない。」


 上林はそう叫ぶや否や、今度はあの「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。」という雑音が聞こえてきた。


「何なの。壊れたの? このラジオ!」

「いや、違う! とにかく早くそこから逃げろ!」


 だが美香からの返事はなかった。代わりにスマホを放り出す音と、


「水が・・・。ああ、息ができない・・・」


 美香の苦しむ声が聞こえてきた。


「美香! しっかりしろ! 美香! 美香!」


 上林は走ってホテルに入った。エレベーターのボタンを押したがなかなか来ない。上林は隣の階段を急いで登っていった。その間にも美香の苦しむ声が聞こえてくる。


「く、苦しい。助けて・・・。もう許して・・・裕子さん・・・」


(裕子だって! 彼女は許してくれたはずだ。一体、どうして・・・)


 上林はスマホが振動したように感じた。耳を放して画面を見ると、それはいつもの待ち受けの画像だった。彼のスマホの待ち受けは彼と美香が写っているものだ。その画面にどす黒いしみが浮かんできていた。


(なんだ! これは!)


 そのしみは徐々に広がり、やがて画面を真っ黒に塗り潰していった。それは邪悪なものに感じた。


(裕子が幸せな俺たちを呪っているのか・・・。)


 焦りながらも上林は階段を上がっていった。そしてようやく4階に着いた。403号室は目の前だ。。

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