第28話 お墓参り

 その日は8月14日、日曜日だった。2人は裕子の墓参りに行った。そこは小高い丘にあり、そこからは琵琶湖が見渡せた。お墓はまだ真新しく、その御影石は日の光を浴びて輝いていた。2人はきれいに掃除してお花と線香を供えた。


「どうそ。安らかに眠ってください。」


 上林と美香は裕子の墓の前にかがんで手を合わせた。特に美香はじっと拝んでいた。誤解だったとはいえ、裕子に許してほしい思いが強かったのだ。そうすることで美香の不安は取り除けていくようだった。

 それは上林も同じだった。彼も裕子には悪いことをしたという思いが強い。結婚したが幸せにすることができずに別居、そして溺れたのを助けてやれずに死なせてしまった・・・。もう過去のこととして忘れようとしていたが、今回の一連の転落死がまた鮮明に思い出させた。それは忘れないでほしいという裕子からのメッセージのような気がしていた。


「さあ、行こうか。」


 上林が美香に声をかけた。明日は休暇を取ったため、今日はそのまま近江観光ホテルに泊まる。久しぶりにのんびりするつもりだ。その前に上林は少し瀬田署に顔を出しておこうと思った。

 美香は立ち上がって歩き出した。そして何気なくスマホを取り出してロックを解除すると驚きの声を上げた。


「消えてるわ!」


 上林は美香のスマホをのぞいた。確か、待ち受けには琵琶湖をバックにした二人の姿とその背後に恨みのこもった目をした女が写っているはずだった。だがその女の姿がそこから消えているのだ。


「本当だ。」

「裕子さんが許してくれたのよ。ありがとう。裕子さん。」


 美香はまた裕子の墓に向けて頭を下げた。私はようやくほっとした気持ちになった。これですべたが終わったのだと。




 先にホテルにチェックインする美香を瀬田駅まで送り、上林は瀬田署に行った。日曜日でもあり署内は静かで、捜査本部はがらんとしていた。一連の出来事が集団ヒステリーによって引き起こされたと判断されたので、事件は終わったとしてここはもう解散となる。明日は休暇でここに来ないので自分の物だけでも片付けようと上林はそう思って来たのだ。

 片づけをしている上林は背後から声をかけられた。


「上林。来てたのか?」


 それは佐川だった。関係者がすべてなくなり、彼が追っていた保険金殺人の捜査も打ち切りを余儀なくされそうだった。


「全くの無駄だったな。」

「ああ、それにしても目に見えない手が動いているようだったな。」


 佐川はそう言った。上林もうなずいた。


「ああ、俺もそう思う。お前には笑われるかもしれんが、どうも大山啓子の恨みが働いているようにしか思えないのだ。」

「お前らしい推理だな。ま、とにかくこれですべて終わったな。もしそうなら、もうホテルから転落する人はいないだろう。」

「じゃあな。俺は明日、休暇をもらった。ホテルに泊まって骨休みしてくるよ。」


 上林はそう言って荷物を持って捜査本部を出て行った。佐川はその後ろ姿を見て「ん?」と首をひねった。なんだか上林の後に黒い影が付きまとっているように見えたのだ。

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